記録
「小夜ちゃん帰り仕度早いよね〜」
「あと嬉しそうだね〜」
放課後鞄の中に筆記用具や教科書を入れていたらののさんとねねさんが両脇にいた。
手帳とペンを手にして見つめられる。
「あんたたち今週ずっと小夜の周りうろついて何か書いてたでしょ」
「何かじゃないよ、小夜ちゃんの記録だよ」
「そうだよ、優花ちゃん。小夜ちゃんのことが知りたいからメモしてたんだよ」
「私のこと、ですか?」
優花さんに問われ答える二人に首を傾げると二人は笑顔を向けて迫ってきた。
「友達のこと知りたいのは当然だよ!」
「もっと小夜ちゃんのこと知りたいんだ!」
「すみません。お教えできるほど何かあるわけでもなくて……」
何を言えばいいのか困る。私に何があるのか。更衣家のこと、父様のこと、話せることは日常で話している気がする。
「ううん、いいんだよ。ただ私達が小夜ちゃんを見て記録していただけだから」
「うん、放課後は嬉しそうとかあとはお昼ご飯の時も特に嬉しそうだよね」
「それは記録っていうより……」
「放課後は父様のお手伝いができて、お昼ご飯は文人さんの手作りのお弁当が嬉しいからだと思います。ですがわかるほど顔に出てしまっていたんですね」
優花さんが何か言いかけて口をつぐんだように見えて、沈黙にならないよう返した。私の言葉を聞いてなのか優花さんが軽く頭を撫でてくれる。
「まあそこが小夜のいいところだから。お父さんの手伝いするんでしょ?早く帰りな」
「「小夜ちゃん、ばいばーい!」」
「はい、また明日」
別れの挨拶をし学校を出ていつものように駆けて帰宅した。
「それで僕の記録をすることにしたの?」
「はい。やはりご迷惑でしょうか?」
帰宅すると今日は特にすることはないと父様に言われ、ふと放課後の会話が過り手帳とペンを持ち出した。
そしてカフェを訪れ経緯を話し、文人さんの記録をさせてくれないかとお願いしているところだった。
「迷惑ではないけど、何で僕なのかなって」
「何で、ですか?」
下ごしらえをしているのか文人さんは珈琲を出したあとは話を聞きながら背を向けて作業をしていた。
「小夜ちゃんは唯芳さん大好きだから唯芳さんじゃないのかなって」
「父様は大好きです!実は父様に最初窺ったんですが既に知っているだろうと言われました」
「そうなんだ」
カフェに来る前の父様との会話が過る。
一緒に暮らしていて今更記録しなくても私は父様を知っていると言われた。そうなんだろうか。私がいない時の父様が何をしているかはわからない。私と一緒にいる時の父様しか知らない。でも私といない時の父様を知る術はない。
続けて文人さんのことはよく知らないのではないかと言われた。確かに父様よりも知っていることは少ないどころか文人さんの何を知っているのかがわからない。ずっとお世話になっている隣のカフェを経営されている文人さん。お世話になったという覚えはあるのに知らない気がした。
「文人さんのことを知りたいんです」
「知る、ってどういうことだと思う?」
こちらに身体を向けて近寄ってくる文人さんを見上げる。
「相手に質問して回答を得られたら知れることになるかな?相手が嘘をついているかもしれないし隠しているかもしれない」
問いかけているようで間をあけずに話す文人さんの声に耳を傾ける。段々と頭がぼんやりしながらも冷えるような感覚になっていく。
「それとも一方的に観察して分析したらそれが知ることになるのかな?相手が偽って生活しているかもしれない。それこそ観察されているとわかって演技しているだけ。どうしたら知れるんだろう……ね、小夜ちゃん」
カウンターに肘を置き寄りかかる体勢になり顔が間近に迫る。屋内は明るいのに一瞬暗い視界が過った。
頭もぼんやりしたままなのに冷えた感覚が奇妙な違和感となる。
「……まず知ること、知りたいと思うことから始まるんだと思います。それはただの記録、観察でそのあと理解したいと思うんじゃないでしょうか。理解できるかはわかりませんが……」
考えていたのかいなかったのかわからないまま言葉が口から出ていく。
文人さんは少し驚いた表情をして手を伸ばして私の髪に触れた。
「記録、観察で止まりがちなんだろうね。手段として揃えておきたいだけで本当に知りたいなんて、理解したいなんて思ってないんだろうから。……僕はどうかな」
「文人、さん?」
「ごめんね。珈琲冷めちゃうから飲んで」
文人さんに促されてまだ半分残る珈琲を飲み干した。頭はぼんやりしたままでも冷えた感覚がなくなっていく。
「あ、すみません!やっぱり嫌ですよね!」
しばらく空になったカップを見つめて我に返って顔を上げると文人さんが笑っていた。
「嫌じゃないよ。小夜ちゃんに見てもらえるなら嬉しいから」
「できるだけお邪魔にならないようにひっそりと」
「それは駄目。真正面から見て欲しいな。その方が僕も小夜ちゃんを見られるし」
カップを取られて注ぎ足されていく。
文人さんが淹れてくれる珈琲はとても美味しい。それはこうして笑顔で私のために淹れてくれてるからなのかもしれない。
「では文人さんを前からしっかり見させていただきますね!」
「うん、よろしくお願いします」
きっかけが欲しかったのかもしれない。文人さんを知るきっかけが。
たとえわからないままになったとしても私は文人さんを知りたかった。
H26.3.30