拒絶
目を覚ますと暗がりの部屋に陽が射していて、今が日中なんだとわかる。
ゆっくりと目を開けるとまた元の場所にいた。あの男の実験室に。
「小夜、目が覚めたみたいだね」
背後から足音がし近づいてくる。
「傷も癒えたからそろそろかなと思ってたんだ」
腕や足を拘束する枷や背中から血を抜き取られる微かな痛み以外にもう痛みはなかった。
肉体を損傷させ、どの程度で回復するかを数度繰り返された。傷つけられまたこの部屋に戻される。
「治りはしても痛みはあるんだね」
男は横に佇み剥き出しになっている腕に触れる。冷たい指先が這った。
「お前も私の力が目当てか」
俯いたまま呟くと男が前に歩き出し、先にある椅子に座る。
肘をつき、微笑む。
私はそれを一瞥し再び俯いた。
「小夜はどう思う?」
この男は私と会話をしたがる。だが私は応じなかった。
いつものように男だけが話す。
「君の力を確かめてはいる。知っておかないと困るからね。それを使おうともしている」
やはりかと上から提げられている多量の私の血を見つめる。
「でもそれが最終目的じゃない。まだ先があるんだよ、小夜」
わざとはぐらかすように、伝わりにくいように話しているのがわかる。
何のためかはわからないがこの男の性格、策略なのかもしれない。
「小夜、やはり君は人ではないんだね」
男の言葉に顔を上げ見据える。
人ではない。そんな当たり前の事を今更のように言う男の表情に興味が湧いたのかもしれない。
「小夜、君が欲しいよ」
「……私は誰の物にもならない」
男の表情は陰っていて見えなかった。先程まで見えていたはずなのに。陽が傾いて暗くなっている。
男が立ち上がり再び近づいてくる。
斜め前まで来ると伸ばされた手が髪先を掬い弄る。
手慣れたような仕草に無性に腹がたつ。まるで自分の物に触れるような仕草だ。
「触れるな」
「髪も綺麗だよね」
捕獲されてからというもの綺麗という言葉を耳にするようになった。
全てこの男から発せられるものだ。理解ができない。
「お前は何がしたい」
私の力が目当てかと言えばそれは違うというように曖昧に笑う。
ならばはっきりさせようと問うと男は髪先を口元に引き寄せた。
「文人だよ、小夜」
「お前の名前など聞いていない」
「呼んでほしいな」
この男に答える気がないとわかり、視線を手元の枷に移した。いくら力をこめても今の私では壊せない。だが何もしないままではいられなくて上下に振る。
「小夜」
呼ばれても顔は上げずに拒絶するように目を閉じた。
幾度となく名を呼ばれる。だが私は返さない。
この男も私を利用してきた人達と同じ。個などない。
だから名前を口にする必要はない。
H24.6.24