受諾


「いいよ、下がって」

私設兵が小夜を椅子に固定させるのを見届け命じると実験室から出ていった。
小夜に近寄り手にしていた赤い液体の入った細長い瓶を机に置く。
小夜の前で膝をつき屈みこみ、眠る小夜を見つめた。

「やっぱり程度によるけど治りは早い。人なら死んでもおかしくないのにね」

幾度も小夜の身体を傷つけ損壊した。
最初は抵抗していたけど段々抵抗をしなくなり無気力になっていった。
小夜の血を抜いているのもあるだろう。

「あとはやっぱり食事ができていないからね」

後ろに置かれた瓶を一瞥しすぐに小夜に視線を戻す。
足首から手を這わせ綺麗な白い肌を確認していく。上へとのぼっていき頬に触れる。
端整な顔立ち。永遠の少女。小柄なこの身体で古きものと戦う。一見ただの少女にしか見えないのに。

「触れるな」
「起きてたんだね、小夜」

目は閉じられたまま口が開く。
触れるなという言葉に反して頬を撫でると瞳が開く。黒い瞳が睨み付けてくる。

「経過を見ていたんだよ。傷が残ったら大変だろう?女の子だから」

小夜は何も言わない。小夜は必要最低限、いや必要な時でさえも何も言わない事が多かった。
立ち上がり後ろ手に瓶を手にし小夜の目の前で揺らす。

「何かわかるかな?」

小夜の視線が実験室に吊り下げられているガリレオ温度計に向けられる。同じ色の液体。でも実験室にあるものは小夜の血だ。

「これは君のご飯だよ」
「……どうして」
「生きるためには食べなければいけない。君の糧は君の眷属である古きものの血だ」
「どうやって手に入れた。あの半面のものか」

半面と言われ唯芳の事だとすぐにわかる。捕獲する際に半面だと小夜にはわかったのだろう。
小夜には半面の唯芳の血も糧になるのかとわかったが与えることはしない。
瓶の蓋を外し机に置くと小夜は顔を逸らした。

「小夜、ご飯だよ」

顎に手を伸ばそうとすると枷のついた手が振り上げられ避ける。

「お腹すいたでしょう?あれだけ肉体を再生させたなら食べないと駄目だ」
「お前が勝手にしたことだ」

頑なに拒む小夜の目の前でもう一度瓶を揺らす。その瓶から小夜は目を逸らした。

「この血はね、君の血を使って呼び出した古きものの血なんだ。確かに古きもののものだよ」
「その古きものはどうした」
「人を食わせてから半面が始末したよ。いくら小夜の血を使って操れても何も与えないまま返すわけにはいかないからね」

小夜がこちらに顔を向ける。酷く怒りを湛えた表情で。

「お前は人だろう。なぜ人を犠牲にする」
「人だからだよ。欲しいもののためにはその他全てを使わなければいけない」

小夜の怒りの理由はわからなかった。でも僕にだけ向けられるものは心地いい。今の彼女は僕だけを見ている。

「枷は壊せないよ」

手に力が込められ枷を怖そうとしているのがわかった。
綺麗な白い肌に痕がつく。その様を綺麗だと感じながら小夜の顎に触れ上向かせた。

「……文人」
「やっと僕の名前を呼んでくれたね、小夜」

小夜の口に瓶の縁を押しあて口を開かせ傾ける。
小夜は与えられるまま血を飲んだ。全て飲み干すと赤い瞳が僕を睨み付ける。

「綺麗だよ、小夜」

口の端から零れた血を拭いその指を口内に押し込む。

「っ……」

痛みを感じて噛まれたのがわかったと同時に指先にざらついた感触がした。
指を抜き、頬を撫でる。

「……文人、お前を許さない」

静かに告げられる言葉に笑む。
小夜に個として受諾されたようだった。僕が小夜だけに向けるものを小夜は受け入れた。そして小夜は僕だけに憎悪を向ける。
それが嬉しかった。



H24.7.5