此方


捕らわれてどのぐらいの時間が過ぎたのか。次第にあの男に全てを委ねてしまってもいいかと思えた。
やることはどうせどこへ行こうが変わらない。古きものを討つだけ。
たとえ利用されようがそれは変わらない。

そう考えていた頃、男の目的が私を使って古きものを討つのではない事がわかってきた。
私の血を使い古きものを使役する事は最終的な目的ではない。更に古きものの血を私に与えるために、古きものに人を喰わせた。
人が人を滅ぼすのは己のため。だがそれは人同士のもの。
だが男は人を餌にし人外へ与えた。人であるにも関わらず手段を選ばずに行った行為に怒りを覚えた。
そして私は男の名を呼ぶようになった。


「小夜」

文人は私が目覚めるのを待ち、私に意味もなく話しかける。
私の意識があるかないかは関係なく触れる。
目覚めるとまた文人は私の頬を撫でていた。

「触れるな」

幾度となく言ってきた言葉だが聞き入れられた事はない。
視線は俯けたまま文人の手が離れるのをただ待つ。文人の手は冷たく、感触だけが残る。

「なぜ触れる」
「小夜から話してくれたのは初めてだね」

指先が頬から髪に移動し指先に絡ませる。
言っても無駄だ。ずっと私に触れ続ける。それ以上口を開く気になれずに目を閉じた。

「小夜を確かめたいんだ」

指先が頬に戻り輪郭をなぞっていき反対側の頬を撫でられる。

「小夜は古きものなのにこちらに在る。なぜだろうね」

指先が首筋をなぞり胸元で止まった。目を閉じているが衣服の留め具を外しているのはわかる。

「見た目は人と変わらない。でも傷はすぐ治る。何年生きているのかもわからない」

薄く目を開けると衣服の留め具が全て外されていた。
顎を指先が擦り上向かせられ文人の顔が寄せられた。

「僕もどうして触れたいのかはわからないんだ」
「無駄な話をしていたわけか」
「小夜が話し掛けてくれて嬉しかったから」

嬉しいと言われても理解できない。得体の知れない。底が見えない。
私の知る感情ではこの男の言動に当てはまるものはなく困惑する。

「無駄なんかじゃない」

指先は顎から首に下がり身体の中央に線を引くようになぞっていく。腹部まで下がると一度離れ、胸に触れた。

「僕の名前を呼んだ時から小夜は僕の事を考えている。それはこうして会話したからだ」
「何の意味がある」

胸に触れた手はそれ以上動かずにただ触れるだけだった。
寄せられた顔に笑みが浮かぶ。
答える気がないような態度に微かな怒りを覚えた。

「それでいいよ、小夜。僕だけに向けて」
「……文人」

文人の真意には触れられない。文人は私に触れるのにそこに温もりはなかった。
確かに人の世にいるのに文人とはその感覚が薄くなる。
だから私は私のままで在りたいと願うだけ。
文人の真意がわからずとも私は変わらない。



H24.7.9