彼方


それほど長い時間を過ごしてきたわけではない。
でも生きてきた時間よりも彼女を見てからの短い時間のほうが時間を感じた。
時が進む感覚。ただ眺めて楽しめるものを探すのではない。
終始どうしたら彼女が手に入るのかと考え欲し続ける。


「小夜」

椅子に固定され眠る小夜。彼女の前までくると机に腰掛けた。
二つに結われる髪の一房の先を手に取り指に絡ませる。髪の感触も何もかもが心地よかった。

「起きてるよね、小夜」

ある程度の睡眠後身体の傷が治り、こうして触っていると小夜は目を覚ます。
それがわかって何も言わずに触れ続ける事もあったけど、今日は起きてる事がわかっていると伝える。
でも小夜は目を開けなかった。

「まだ寝てるのかな」

わざとらしく言いながら腰を浮かせ佇み、小夜の顔を両手で包み上向かせる。
綺麗な顔立ち。傷のない肌。射抜くような眼差し。でもその瞳は今は見る事はできず目蓋を親指でそっと撫でた。

「小夜」

片手を輪郭、首筋と辿り下がらせ衣服の留め具を外していく。
黒い衣服から露になっていく白い肌は綺麗だった。
小夜の身体は隅々まで幾度となく見た。小夜も慣れているかのように無関心に、更には無気力にされるがままだった。
長く生き、強い力を持っていれば実験道具や兵器がわりにもされただろう。
それは容易く予想でき、知らぬその出来事に憤った。知らない感覚を小夜の事を考えるだけど感じていく。
こんなに触れたくなるのも小夜がはじめてだった。

「脱がせるのになぜ着せる」

薄く開いた目が僕を見上げる。
言葉を発した口を親指でなぞり唇を撫でた。

「服は着せないと」
「なぜだ」
「小夜だからだよ」
「実験に使うなら利便性のあるものを着せるだろう」
「そういうのは小夜には似合わないよ」

留め具は全て外し前がはだけていた。腹部から首へと手を這わせると小夜は顔をしかめる。

「小夜は感覚もあるから。治癒や身体能力以外はほとんど人と変わらないね」

気に障ったかのように小夜は嫌がる表情をしてみせた。口数も少なく表情にも出にくいかと思ったがそうでもない。それが楽しかった。

「だから何だ」
「感覚を確かめてみようかと思ってね」

首筋へと這わせた手を一度離し胸へと触れた。だけど小夜は無感情の瞳を向ける。
小夜が今までにされたであろう事が過り顔と胸から手を離した。想像でしかない。それでも考えるだけで嫌だった。何かの感情にのまれそうになる。
支えをなくした顔がゆっくりと下がり真っ直ぐ向く。
微かに枷を繋ぐ鎖が鳴った。

「小夜」
「なぜ呼ぶ」
「何でだろうね」

再び頬を撫でた。
小夜は前を見つめるだけで視線は合わない。
いくら触れても交ざらない。別の存在なのだと思い知る。
いくら同じものになろうとしてもなれない。彼女は此方にいようと彼方の存在なのだ。
此方から彼方を眺めるだけ。せめて存在を確かめるように名を呼び、触れる。
彼方に思いを馳せながら。辿り着けないと思い知る。



H24.7.13