記憶:2


浮島へ向かうため移動する車に向かう。
小夜は抵抗せずに差し出した手に手枷のついた両手を載せ歩いた。逃げる機会を窺っているのだろう。
車まで来ると私設兵がドアを開け、先に車内に乗り込む。

「はい、小夜」

一度離した手を再び差し出すと小夜はその手を無視し、隣に座った。

小夜が乗ったのを確認し外の私設兵がドアを閉めた。


「触れるな」
「でも手当てしないといけないから」
「必要ない」

車が動き出してから少し経ち、前の席との隔たりにあるカーテンを閉めた。
小夜に手を伸ばすと顔は正面を向いたまま拒否する。

「時間が経てば治るとわかっているだろう」

それでも肩に触れてこちらを向かせると俯いたまま小夜は言う。
拒否する意思は見せても抵抗はしないため制服のファスナーを下ろし前を開いた。

「切るから動かないでね」

手枷を外さずに服を脱がせるには切るしかなく、鋏を手にし襟から袖にかけて切っていく。
切り終えると服が落ち小夜の上半身が露になる。
小夜は特に反応しない。小夜の身体を後ろを向かせる。
背には数ヶ所赤い点があり管が刺さっていた部分だった。

「意識は保てるみたいだね」

用意していたピンセットに消毒薬のついたガーゼを傷口に宛てていく。
あれだけの量の血を抜かれながら小夜はふらつかずに立ち上がり歩いた。

「それとも本当はやっと立ってるのかな」
「っ……」

宛てる力を強め擦りつけるようにすると小夜が僅かに反応を見せる。
どんな傷でも治りはしたが痛みは感じるようだった。今も傷口に染みているのだろう。

「……何だ」

片手で小夜の腹部に触れる。

「もういいだろう。手当てしようがしなかろうが変わらない」
「でも化膿したりするかもしれないから。女の子なんだから傷はないほうがいい」

腹部から上に滑らせて胸に触れる。柔らかな感触が手のひらに広がる。

「私に性別は無意味だ」
「そうかな?……そうかもしれない。でも小夜が女の子で少しよかったと思ってるんだ」

実際小夜が女性か男性かという拘りはなく、小夜が男性であっても変わらなかったかもしれない。
でも今目の前にいる彼女は女性的な艶かしさがあり、その中に見え隠れする相反する人ではない本能のようなものが対称的で更に魅入られた。人の形をしていて人ではない。それを小柄で女性的な容姿が更に際立たせる。

「……お前と話していると疲れる」

小夜にしては珍しい言葉に感じた。弱気を見せずに常に強くあろうとする彼女が疲れると言った。

「ならよかった。少し眠っていてほしいから」
「何?……文人っ」

消毒が一通り終わり注射器を手にし小夜の二の腕に射した。
ずっと俯けていた視線をこちらに向けて睨んでくる。すぐに力が抜けていき目が閉じられ前に倒れ込む小夜を支えた。

「さすがに着せるのは手枷を外さないといけないから。おやすみ、小夜」

手枷を外し、替えの制服を小夜に着せる。
眠る小夜の頭を膝に乗せ浮島に着くまで小夜を見つめ頭を撫でていた。


小夜はずっと逃げ出す機会を窺っていたのはわかっていた。
だけどまさか小夜から勝負を持ち掛けられるとは思わず、それを受けた。
血を抜かれ本来の身体能力が発揮できない小夜なら応戦できる。
だけど湖の浅瀬は足場が悪く、それさえもさして問題にもならない小夜に遅れをとってしまった。

「これで終わりだ」

小夜の蹴りで身体を跳ばされ体勢を立て直しながら飛ばされた呪符を呼び戻そうとした。発動させるには鏡面を割らなければいけない。でも予備はなく発動できるタイミングを見計らっていたら小夜に隙をつかれてしまった。
小夜の両手が振り下ろされるのが先か呪符が戻るのが先か。
小夜が跳躍した。

「っ……!」

呪符が手に戻った瞬間に小夜と僕の間に二つの呪符が飛んできた。
閃光と爆発。爆発で小夜は横へ吹き飛ばされた。
僕はもう一つの呪符が防護壁を張ったため閃光で目が眩んだだけだった。

「何をしている文人。さっさと準備を終わらせて実験に移れ」

吹き飛ばされた小夜に視線を向けると反対から聞き慣れた声がした。

「……蔵人。この呪符は君の非常事態用として渡しておいたはずだよ」

声の主、蔵人に顔を向け立ち上がる。
岸には車椅子に乗る蔵人がいた。

「今が非常事態だ。お前が負けそうになっていたからな」

嘲笑しながら言う蔵人。息を吐き、先程小夜の視界を遮るために使った上着まで歩いていく。

「このまま浮島に行くんだろう?」
「そうなるね」

水に浸る上着を引き上げ倒れる小夜へと近づいていく。
上半身が焦げ付き爛れていたが顔の判別はかろうじてついた。だが口はきけないだろう。意識があるかも怪しい。

「小夜?」
「あの威力でも生きてるのか。本当に化け物だな」

呼び掛けても身動きは全くせず意識を失っているのがわかる。
先程の上着を小夜に被せて抱き上げ岸に向かった。

「だから必要なんだってわかってるだろう?」
「その女が化け物でなければこんな手間はかけない。俺達の計画に必要だからな」
「……そうだね」

蔵人を横切り車に向かう。
ドアが開けられ乗り込む寸前に蔵人が話し掛けてきた。

「俺達の計画を忘れるな」

蔵人には返さずに車に乗り込んだ。
小夜を膝の上に載せ座る。

「出れる時に出て浮島神社に向かって」

運転席で待機していた私設兵にそれだけ告げてカーテンを閉める。

「さっき手当ても着替えもしたばかりなのにね」

覆っていた上着を取り焦げ爛れる顔を見つめる。
きっと小夜は僕が仕組んだ事だと思うだろう。次に目覚める時は今は見えない瞳を赤く染め僕を睨む。
それでよかった。

「小夜」

傷のない手を取り指で撫でた。



H24.8.11