記憶:4


浮島地区を訪れて二日経った。浮島神社の本殿に運んだ小夜は眠り続けていた。
いつ目覚めてもいいように両足首と腕毎身体を鎖で縛りつけていた。

「小夜、まだ起きてないんだね」

本殿へ戻り扉を開けると小夜は変わらぬ体勢で眠っているようだった。
夜で暗い建物内。それでも天井近くの複数の小窓から月明かりが差して小夜の姿は見える。

「傷は治ったみたいだからそろそろ目が覚めるかな」

小夜の前で屈み、顔にかかる髪を払う。焼け爛れていた顔を撫でると跡形もなく綺麗な肌だった。
指先で微かに長い睫毛に触れる。反応がないのを確認し立ち上がり奥にある祭壇の脇に座った。


明日になればメインキャストが訪れる。実験の開始は迫っていた。明日には小夜の記憶を上書きする。それまでに小夜が一度目覚めるかはわからない。
目覚めなくても実験は開始する。だけど話したかった。どちらにしても今の彼女と話すのはこれが最後になるだろう。
何か話したいことがあるわけではない。
小夜を見つめ、しばらくすると小夜は目覚めた。


宥めるように二の腕に触れて落ち着かせようとしても逆効果だとわかっていた。

「触れるな」

瞳に赤い光がちらつく。燻るように灯る。
呪符を取り出して扉がある方向へ投げるとすぐに割れる音が響いた。

「何をした」
「すぐにわかるよ」

小夜を縛る鎖を解いていく。はじめは訝しげに見ていた小夜もすぐに気づいたようだった。

「……術で縛ったのか」

足の鎖も取り払う。鎖がなくなっても小夜は身動きできずに固まっていた。

「口以外は小夜の意思では動けないようにしたんだ」
「何のために」

小夜の問い掛けには答えずに肩を掴み、床に倒した。
睨む小夜の頬を撫でて片側の髪を結ぶ紐をほどく。

「お前は……敗者になったらどうするつもりだ」
「勝負の前から負ける事はあまり考えたくないかな」

小夜から問われた事が意外で流すように答えたけど、小夜は僕を睨み続けた。
もう片側の髪を結ぶ紐もほどきながら答える。

「小夜のしたいようにしていいよ」
「私がお前を殺すと言ってもか」
「うん」

頷くと小夜の瞳が微かに揺れた。

「小夜が敗者になったらやっぱり僕の物になるのが罰になるのかな」

小夜に着せている制服の胸元にある鎖を外しネクタイも外した。
ファスナーをゆっくりと下ろしていくと短い期間で幾度となく見た白い肌が露になる。

「……ではお前の褒美はなんだ」

小夜に覆いかぶさり片足で両足を割らせる。

「何だと思う?」

敗者の罰がそのまま勝者の褒美になるのか。一つの事柄で二つを満たせない場合、罰とは別に褒美がある。
小夜への罰が僕の物になる事なら、僕への褒美は何なのかと小夜は思ったのだろう。

「明かさないままで勝負とやらをさせるのか」
「小夜が勝ったら教えてあげるよ」

頬に触れて顔を寄せ囁くように言うと小夜の瞳が見開かれ赤くなった。

「それでは意味がない。私が負けると言いたいのか」
「言っただろう?勝負をする前から負ける事……違うね、結果を予想したくない」
「勝負をするための必要最低限の事さえできないのか、お前は」
「それは君の基準だよ、小夜」

強い瞳の光は納まるも赤い灯はちらついたままだった。
膝に触れて太股へと手を這わせる。嫌悪感を示すように眉をしかめはするけど何も言わない。

「勝者には褒美を、敗者には罰を。覚えていて、小夜。これが僕達の必要最低限だ」

これから記憶を上書きされることがわかっているからか小夜は睨む。

「どうしてこんなことをする」
「君が欲しいからだよ、小夜」

小夜が今の状況なのか実験の事を言っているのかはわからなかった。もしかしたら両方かもしれない。でも答えは同じだからそう告げた。

小夜はただ僕を見上げる。
明日になれば彼女は実験の舞台に立つ。しばしの舞台、仮初めの生活。
その中で僕とも過ごしていく。はたして彼女の記憶にはどう刻まれるのか。
全てが終わったあと僕は確かめられないだろう。



H24.8.19