強者


「小夜は綺麗だ」

幾度となく文人は口にしてきた。
俯けていた顔を上げると私から抜いた血液を入れた入れ物を指で弄び眺めていた。
その光景は酷く悪趣味で睨み付ける。

「もちろん小夜の血も綺麗だけど小夜自身の話だよ」
「……お前に私の何が見えている」

表面的なものだろう。長い時の中で見目を褒める人もいた。だが私は自身を綺麗だとは思わないし見目に興味もない。
文人は相変わらず笑みを浮かべながら近づいてくる。

「……感覚的なものかな。容姿や性格なんてあんな映像ではわからなかったよ。でも惹き付けられた」
「人ではないものの力にか」

文人の語る映像というものがどんなものかはわからない。だが私が人ではないものとわかる映像、力を見たのだろう。
目の前に佇むと手にしていた入れ物を机に置き、そのまま腰かけた。

「小夜は強者ってどんなものだと思う?」
「自分より強い者のことだろう」
「そうかな?僕は小夜より弱いけど今は小夜を捕らえられている。小夜の言う通りなら僕は強者になる?」
「お前は策を考える。私はそれに対応できなかった。半面がいなければ捕まったりしない」
「本当に?」

文人の指先が伸び、前髪に触れる。掻き分けて額を撫でた。

「半面がいなくても捕まえられる、と言いたいのか」
「無理だろうね。それでも諦めないだろうけど」

一体文人が何を言いたいのか理解できない。

「小夜は強者だ」
「……何が言いたい」
「自身の力を自覚している。ただ対応できなかっただけ。敗北が弱者なわけじゃない。あの半面が強者ではないように」
「それが先程の答えか」
「違うよ」

矛盾している。
綺麗と幾度も口にし、先程の何に惹き付けられたかに繋がるのかと思えば否定する。

「どちらかと問われれば私は弱者だ」
「どうして?」

文人の問いかけには答えない。
自身の力を自覚し、諦める。抗わない。死ぬことはない、苦痛も味わってきた。肉体的にも精神的にも。だから受け入れようとする。人と関わるために。
そんな私を強者と言えるだろうか。古きものと戦う力はある。力だけあっても叶わない。
本来敵である文人に弱者だと言う必要はない。だが私を強者だと言う文人に憤った。人から見れば力はある。だがそれだけだ。

「小夜」

文人が立ち上がり一歩私に近寄り、結われた髪を両方共手にし引き寄せた。

「綺麗だ、小夜」
「……文人っ」

屈み顔に近づき囁く文人に怒りが湧き上がる。

「答えなんてないよ。言っただろう?感覚的なものだって。小夜だからだよ」

掴んだ髪を離さないように力がこめられたのがわかる。
今の状態では振り払えるわけがなく、離れるとしたら文人が離すだけだ。まるで逃がさない事を見せつけられているようだった。



H24.8.23