憎
無機質な灰色の壁に囲まれた部屋の中央で小夜は倒れていた。
マジックミラー越しに小夜が目覚めるのを待つ。
「……起きたみたいだね」
僕の呟きに周りにいた私設兵が他の私設兵に連絡すると奥の壁が開き数人の私設兵が入室した。
鬼の面をつけた者が銃を手に少女を囲む絵面は少女の敗北を彷彿させる。
小夜はゆっくりと身体を起こし顔を上げる。
置かれている状況がわかったのか横に無造作に置かれていた刀を手にした。刀は鞘には納まっておらず、抜き身だった。
ふらつきながらかろうじて立ち上がり刀を構える。
「小夜の行動に対応して」
僕の声が聞こえたのか部屋内部にいる私設兵は囲んだまま動かない。
小夜には薬を投与してある。何回も重ねて小夜がかろうじて立てるぐらいに調整した。
小夜は動かずに様子を見ているようだった。
「左足を撃って」
告げたと同時に銃声が響き小夜が膝をついた。
「腕を掠めて撃って」
指示通りに私設兵は小夜に弾を撃っていく。
刀は握りしめていても振るうことはない。
「呪いみたいだね」
幾度となく傷つけても小夜は人を殺すことはしない。できないのかもしれない。
今の状態で刀を振るえばもしかしたら殺せるのではないかとも思った。でも振るう事さえしない。振れない。
小夜には痛みもある。治るからといっても苦痛だろう。なら抗うはず。それができないほどに強い呪をかけられているのか。
「文人……」
銃声が止みスピーカー越しに小夜の声が聞こえる。
「……こんなことに何の意味がある。私は死なないとわかっているだろう」
小夜が僕に視線を向ける。小夜からは壁にしか見えないはずなのに確かに小夜は僕を見ていた。
「文人っ」
「小夜を眠らせて」
立ち上がりこちらに足を引き摺りながらも向かう小夜を見つめながら指示を出す。
倒れる寸前まで瞳には赤い色が燻っていた。
小夜を実験室に運び数時間が経った。すぐに治るとわかっていても治療し腕や足に包帯が巻かれている。
いつもなら椅子に固定するけれど今は天井から吊るした鎖と枷で手首を拘束し、足も同じように床から張られた鎖で拘束していた。
微かに睫が揺れ小夜が意識を覚ましたのがわかる。
「おはよう、小夜」
立ち上がり小夜の前に佇む。
薄く瞳を開け、ぼんやりと下に視線を向けている。
「……これは、何だ」
低く呟かれゆっくり視線が上がった。
「吊り下げてるんだよ」
「何のために」
「小夜の身体を見るため、かな」
冷たい鎖に触れ小夜の指先、二の腕へと辿らせていく。
二の腕に巻かれている包帯の留め具を外すと包帯が緩んだ。
「再生時間でも計っているのか」
「それはもう大体わかるよ。ご飯を食べていないから少し時間がかかるみたいだね」
緩んだ包帯の端を引き、取っていく。端を離し床に落とすと数時間前に撃たれた傷はなくなっていた。
「ならばあの行為に意味はないだろう」
「さっきのは実験だよ」
「何の」
「何だろうね」
小夜の瞳が細められる。
腰に触れ身体のラインを辿りスカートの裾を上げ、腿の包帯の留め具を外す。軽く引くと簡単に取れ、包帯を床に落とした。傷口がないのを確かめるように指先で腿を撫でる。
「殺しても君を咎めるものはいない。死にはしなくても瀕死になる傷を負わせられてるんだから正当防衛になるよ」
小夜の表情に憤りが表れはじめ、瞳も再び赤が燻る。
小夜が怒りの感情を覚えているのはわかる。でもなぜ怒るのかはわからない。
もう片方の腕に巻かれている包帯も取り、床に落とした。
「お前が命令しなければあの者達に私を傷つける理由はない」
「だから殺さない?」
「……そうだ」
小夜自身から人が殺せないと聞いたことはない。でも調べれば調べるほど殺さない理由がわからなかった。
小夜は古きものだ。人なんてどうでもいいだろう。
だから殺せないのだろうと確信した。第三者との契約や呪いによって縛られているのだろう、と。
床に膝をつきふくらはぎに巻かれている包帯の留め具を外す。
見上げると赤い瞳が真っ直ぐ僕を見つめていた。
「綺麗だね、小夜」
小夜にとって人なんてどうでもいいだろうと思っているのにそれが小夜の怒りの引き金が人だとわかって小夜を煽る。
日に日に増していくような赤い瞳は綺麗だった。
蓄積された憎しみは強く、僕をどこまでも追うだろう。
H25.5.11