彼女の名前を大事に呟いて


浮島の出来事から4ヶ月経った。4ヶ月小夜を見ていない。
最も映像は見ていた。捕まえてからずっと記録し続けた映像。
ただその映像を見ているだけでもよかったがやはり会いたかった。
でもまだ準備が終わらない。

『文人さんが作って下さったんです』

学園の庭で昼食を取る学生たちの映像。その中に小夜がいた。
嬉しそうに僕が作ったお弁当をみんなに説明している。

小夜は食べなくても死にはしない。古きものの血があればいい。
実際捕獲してからは何も口にしなかった。だから僕が作ったものを食べた時はわかっていながらも少し驚いてしまった。

『美味しい?』
『はい、とっても美味しいです!今日も一日元気に過ごせます』

笑顔でそう告げられた瞬間可愛いと思った。
もしかしたら普通の女の子として暮らすのではないか。もう刀など持てない。戦えないと言うのではないか。

『今日も行って参ります』

暗がりの境内で唯芳から飾りの刀を受け取り駆けていく小夜。
この時はまだ勝負の最中。でももう自分は敗者だと悟っていたのかもしれない。

「おかしいよね。君が欲しいから浮島という舞台を用意したのに嬉しかったんだ。君は変わらなかった」

当時を振り返りながら呟く。脳裏によぎるのは追ってくる小夜。あの綺麗な赤い瞳が自分に向けられていた瞬間。感情も何もかもあの瞬間小夜は僕だけ見ていた。

『お腹が空いてしまうと悲しくなってしまいます』

再び学園内。時真という役の彼にお弁当のおかずを分けている小夜。
もしかしたら小夜に何かしらの変化があるかもしれないと配置したけれど効果はなかった。彼女に恋情はないのかもしれない。そんなあやふやなものがあるとは思わなかったが。
実験だからと配置したにすぎず結果が得られるとは思っていなかったけど。

「そうだね、小夜。お腹が空いてしまうと悲しい。君が生きていけなくなってしまうかもしれない。君がお腹を空かせると僕も悲しいよ」

モニターの中の彼女は日常を過ごし、時に非日常を過ごす。
たまに僕と話す小夜もいた。

『文人さん』
『何?小夜ちゃん』

カフェギモーブでの二人。
父の後輩を慕う娘。
小夜は夜のお務め以外の事は話してくれた。信頼し、慕う。
その光景はとても平和だったが満たされはしなかった。

その瞬間モニターが切り替わった。
リアルタイムの都内の映像。確認しなくても確信した。

「小夜、来たんだね。でもまだ会えないんだ」

ズームになり小夜の顔がはっきりと映る。

「君は綺麗だね、小夜」

あの浮島から4ヶ月。彼女の事だから自身の足で来ただろう。その間ずっと僕の事を、あの浮島の舞台の事を考えていたに違いない。
彼女は僕を討つまでずっと憎み続けるだろう。

「またあの赤い瞳の綺麗な君に会えるのを楽しみにしているよ」

時間はない。小夜が自力でたどり着くのは難しいが僕にも時間があるわけではない。
焦る気持ちはあれど今は久方ぶりに見れた彼女をまだ見つめる事にした。

「小夜」

彼女の名前を大事に呟いて。



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