私を呼ぶ声


浮島にいた自身を、記憶を消された自身を視覚で見るのははじめてだった。
夢には見る。思い返しもする。だが視覚で改めて見る自分は人に見えた。

殯に見せられた小型の機械。その画面に浮島で過ごす私が写っていた。動画ではなく写真だが笑う私がいた。文人と向かい合い笑う私が。
もう見たくないと思うのに足は自然と本邸の屋敷へと向いていた。
物音のしない薄暗い廊下を歩く。
エントランスの暖炉は消えている。上にある鏡を見上げると自分と目があう。
なのに妙な感覚がした。奇妙な感覚。

「眠れないのか」

機械の駆動音と声がしたほうに顔を向けると殯がいた。
私の横までくると止まる。

「何か食べたほうがいいんじゃないか」
「いらない。もう戻る」

殯に背を向け立ち去ろうとする。だが殯はひき止めるように僅かに駆動音を響かせた。

「何だ」
「寝間着ではないようだが出掛けるのか?」
「着替える必要はない。朝になったら着替える」

背を向けたまま答える。それで話は終わりかと思ったが殯の視線が私の身体を見ていると感じる。

「服はどうだ?」
「何がだ」
「不便はないのかと聞いている」

おかしなことを聞く。この屋敷に来てから着用している服は矢薙が用意したものだと聞いている。なぜ殯がそんなことを聞くのか。

「聞いただけだ。俺が矢薙に用意するよう指示したからな」
「不便はないが、不要な装飾のついた服はいらない」

服は動きやすいものが用意されていたがどこか無駄と感じる装飾が施されてるものがあった。浮島で着ていた制服を思い出す。飾りはいらない。必要ない。

「そうか」
「何を笑っている」

声音に笑いを堪えているように感じ振り向く。

「すまない。だが一応女性なのだからそれぐらいはいいだろう」
「私には必要ない」
「そうか。矢薙にも言っておく。希望が通るかはわからないがな」

そう言うと殯は笑みを浮かべながら反転して去った。
その姿が見えなくなるまで見つめる。

再び暖炉上の鏡を見上げた。今映る私は知っている私だ。あの浮島の私ではない。

「……文人」

何度その名を思い浮かべ口にしたかわからない。私にとっては短い時間だ。だがこれほど誰かの名前を口にしたことがあっただろうか。
もう一度鏡の私を見つめ背を向けた。
あの浮島の私は夢だ。文人と笑いあう私も。

戻る私の耳には文人の私を呼ぶ声が聞こえた気がした。



H24.6.12