守りたいもの
「お風呂、行かない?」
「こんな遅くにか?」
しばらくの沈黙のあと、襖越しに真奈が言った。
物音がし立ち上がったのがわかる。
「遅くても綺麗にしないと!あ……傷に染みるかな?」
「いや、大丈夫だ」
私の前まできて手を差し出しながら傷を心配し躊躇う。
その言動に優しさを感じ、真奈の手を取った。
脱衣場で制服を脱いでいく。戦えば服は使い物にならなくなる。わかってはいたが真奈の制服だと認識し、破れた制服を見ると申し訳なく思う。
「小夜、先に入ってるね」
「……あぁ」
真奈は特に気にした素振りも見せずに風呂に向かう。
着ていた制服を畳み棚の中に置き、真奈のあとに続いた。
洗い場で真奈は髪を洗っていた。一番奥にいる真奈の隣を使う。
シャワーで髪を濡らしていく。髪を洗う習慣は浮島の時から身についた。それまでは水で流す程度。洗う意味が見いだせなかった。記憶を失っても身にはつく。一度洗う事を覚えるとその方がいい気さえしてくる。不思議なものだった。
「何だ?」
「え!?」
視線を感じ、髪を洗い終えて声をかける。
「見ていただろう」
「よくわかったね」
「こんな近くで凝視されてわからないほうがおかしい」
「そ、そうなのかな」
髪を上にまとめあげ真奈に顔を向けると視線が合った瞬間に逸らされた。
もしかしたら傷を心配して見ていたのだろうか。なのにもう見当たらずに気味が悪くなったのかもしれない。
人は不死身の身体を便利だと言うが実際目の当たりにすると気味悪がる。よくされる反応で慣れていたが真奈にされたと思うと少し違う感覚になるのはなぜだろう。
「背中を流させてほしいの!」
「背中?」
じっと見つめていると真奈が意を決したように言った。
タオルを握りしめている。
「なぜ?」
「洗いたいから?」
「洗ってどうする」
「どうすると言われても洗いたいとしか……」
考え出してしまいここは了承したほうがいいのではないかと思う。
「好きにしろ」
「ありがとう!」
なぜ礼を言われるのかもわからないが真奈が嬉しそうにするから追及はしない。
顔を前に向けると真奈が後ろまで来て屈んだ。鏡に真奈が映る。
「痛かったら言ってね」
「わかった」
背中に柔らかな感触して上下に移動する。痛いというよりはくすぐったかった。
「もう少し力を入れてもいい。それでは洗えないだろう」
「そう?わかった」
力が強まりちょうどよくなる。
「小夜の肌は綺麗だね。小夜自身綺麗だけど」
「そんなことはない。私は綺麗などでは……」
脳裏に文人の声が過る。私を綺麗という文人の声が。私はそれが理解できなかった。
「見た目だけじゃなくてこうして触っていてもそう感じる。安心するっていうか……さっき転んだ私を受け止めてくれた時も安心した」
鏡に映る真奈は私の背中を見ながら話した。私はその姿のほうが綺麗に思えたが口にはしない。できなかった。真奈の言葉に何かが胸に迫って何と言ったら伝わるのかわからなかった。綺麗に綺麗で返すだけでは伝わらないだろう。
「流すね」
背中に湯が流されていく。すぐに湯は止められた。
「はい、おしまい。湯船に浸かろうか」
そう言って背を向けて湯船に浸かろうとする真奈に振り返る。
「ありがとう、真奈」
「っ……!」
感謝だけ伝えたいと口にすると真奈は慌てて振り返り、振り返った瞬間に足を滑らせ水飛沫が上がった。
「ど、どういたしまして!」
すぐに沈んだ頭を湯船から出し、そう告げられた。
心地のいい空間。早く文人を止めなければいけないのに、もう少しだけ続けばいいと思ってしまう。この空間は文人と繋がれた運命のようなものの中で巡りあったもの。
だから長くは続かない。それでよかった。一瞬のこの温もりが私に後悔などさせないだろうから。
人との関わりを絶ってでも文人を殺し守りたいもの。
そのために私はここまできた。
「小夜、入ろう?」
「あぁ」
真奈に促され、温かい湯に身体を浸からせた。
H24.6.20