気持ちが高揚しているのがわかる。
小夜が東京に辿り着いた。

「雪が降る日……いや、君が雪を連れてきたのかな」

壁に寄りかかったまま空を見上げる。
酔いが回ってまだ立ち上がれない。

「初めて僕の前に姿を現した日も雪だったね、小夜」

小夜は捕獲されたあの日を忘れないだろう。僕との事を忘れられない。僕を殺すためにずっと僕の事を考えて東京に辿り着いた。

「は……」

息を吐くと白い息が漏れる。

「文人様、そろそろ中へお戻り下さい」
「酔いが回ってまだ動けないんだ。もう少ししたら戻るよ、九頭」

足音も立てずに細い足場を普通にやってきた九頭に顔を向ける。

「でしたら私がお連れします」
「それはちょっと嫌かな」

苦笑して言うと九頭が困ったような顔をする。
蔵人以外に僕を小さな頃から、生まれた頃から知っている九頭。多少過保護に感じる部分はあれど彼に悪意がないことはわかっていたため不快には感じなかった。

「九頭は小夜を仕留められる?」
「小夜は人が殺せません。負けない相手に勝てない理由はありません。ですから文人様が仕留めろと仰るなら仕留めます」
「小夜が死なないのもわかってる?」

からかうように言うと九頭は言葉に詰まった。九頭は強い。でも彼は人だ。足止めにはなるだろうけど彼女が本気を出せば死にはしなくても戦闘不能になるだろう。だから捕獲の際は唯芳を使った。

「文人様は……いえ、何でもありません」
「なに?今は酔ってるからきっと記憶に残らない。だから言って」

九頭は躊躇しながらも口を開く。記憶に残らないわけがない。そこまで酔い潰れていないのはわかるだろう。でも僕が言えと言えば従わずにはいられない。

「小夜をどうされたいのですか」

九頭から顔を背け手にしていたコップを口に寄せ傾ける。
先程飲み干したけど氷が溶けて微かに酒の味がした。

「どうもしないよ」
「……そうですか。では私は戻っています。お戻りにならなかったら再度迎えに参ります」
「九頭」

その場で身体の向きを変え戻ろうとする九頭を呼び止めた。

「捕まえられたら捕まえて」
「畏まりました」

それだけ言うと九頭は戻っていった。

「小夜は捕まらないけどね。きっと僕がいる場所まで来る」

確信があった。
最後に僕に斬りかかってきた瞳が離れない。あの瞳の彼女ならきっと来てくれる。

「あと少しだ」

何も手にしていない手を空に掲げる。
届かない月は今日は見えもしない。代わりに雪を降らせる。
あの日を思い出させるように。
終わりの時も雪が降っていればいい。全てを隠すように。届かないものを見せないように。

「もう少しで抱きしめられる」

そうなればいいと呟く。
掲げた手を下げて手のひらを見つめ、再び空を見上げた。

「……小夜」

埋め尽くすのは君だけだ。
何とも思わなかった空も雪も何もかも小夜を思い出させる。
始まりも君、終わりも君。僕の世界は君だけだから。



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