待宵
久しぶりに向かう自室への廊下。扉の前に見慣れた姿があった。
「遅かったな」
「そう?」
車椅子に座る同年代の男。殯蔵人だった。
「九頭を残していったからさほど困らなかったと思うんだけど」
扉に近づいていくと蔵人は車椅子を後退させる。その姿を一瞥し扉の前に立った。
「七原はお前しかいない。わかっているだろう」
「わかってるよ。七原も殯も僕達が最後だ。僕達が殺したんだから、ね」
笑んで蔵人に顔を向けると蔵人が顔をしかめた。持ちかけたのは蔵人なのに自分で殺した妹の事を引きずっている。それが滑稽でもあり、蔵人も人なのだと思った。
「お前はいつもそうだな」
「そうかな」
「あぁ」
蔵人は会話を終わらせるのを示すように車椅子を反転させ背を向ける。
「やることはたくさんある」
「2、3日休んでからやるよ」
「お前は……」
顔だけ振り向かせ苛立ちを見せる蔵人には何も言わない。
やがて正面に顔を戻しゆったりと車椅子が進みだした。
「浮島地区もまだ後片付けしないでほしいな」
「どのみち手配するのに少し時間がかかる。お前が部屋から出てくる頃に準備が終わるだろう」
蔵人が束の間の休息を認めた事を確認して扉を開き、部屋に入った。
「九頭、聞いてたと思うけどしばらく一人にしてくれないかな」
「承知しました、文人様。入り用の際はお呼び下さい」
部屋に入り正面に現れた九頭に告げるとすぐに九頭は去った。
「昨日はまだ浮島か」
窓から入り込む陽射しで明るい部屋の奥へと歩を進め、机にあるモニターの電源を入れ腰かけた。
操作をしてしばらく待つと見知った場所が映し出される。
「小夜、まだ起きてないんだね」
モニターには湖の岸が映し出され、そこにはまだ半分身体が湖に浸かっている小夜がいた。
昨晩、僕が撃ったあと湖に落ち流れ着いたのだろう。
「凄く綺麗だったよ」
ヘリまで跳躍し斬りかかろうとした赤い瞳を思い出す。
「僕のことなら殺せたのかな、小夜」
深く腰掛け背もたれに寄りかかり目を閉じた。
あの損壊状態では回復まで何日かかかるだろう。部分が部分だけに動く事はできない。だから撃ち抜いた。
一日が経ち、小夜が岸から上がり身体を横たえていた。
しばらくすると少し回復したのか座り込む。そしてまた身体を横たえ、降ってきた雨に打たれていた。
その姿をただ見ていた。
更に日にちが経ち、小夜が動き出した。頭部は再生したようだ。
スカートの裾を破りまだ完全に再生していない左目を覆った。
「綺麗だね、小夜」
ずっと浮島の事、僕の事を考えていたのだろう。
夜の暗がりの中、強い赤い光が一つ浮かぶ。その目に射抜かれたかった。
小夜は立ち上がり走り出す。浮島の出入口へと。
「僕を殺したいんだね」
自然と笑みが浮かび、触れられないとわかりながら走る小夜に指先を寄せる。
最後に触れた日の事を思い出す。
『何が食べたい?』
『……ギモーブ』
小夜が浮島地区の網格子を飛び抜けた。
小夜に伸ばした手を軽く握り、立ち上がる。
「待ってるよ、小夜」
小夜に対して呟くように部屋を後にした。
H24.7.22