「雨、降りそうかな」

昼頃。カフェ前の草木に水撒きをしようと外に出ると朝よりも薄暗かった。
空は雲に覆われ、太陽は隠されていた。
数日前に唯芳とした会話がよぎる。

『雨が降りそうだと気づいても小夜ちゃんに傘は持たせないで』
『水浸しになるのをわかっていながら見過ごせと?』
『大丈夫。貴方の大事な娘さんを雨に濡らしたりしないから』

そう言うと渋い表情をしながら了承をした。
唯芳の父親というのは僕が設定した役なのにまるで本当の娘のように大事にしていた。小夜も同じように唯芳に好意を寄せた。二人にしかないものがそうさせるのか。

カフェの中に戻り、小夜の帰宅時間まで待つことにした。


「文人さん!?」

昇降口で待っていると小夜の声が聞こえた。
駆け寄ってくる小夜に笑む。

「どうなさったんですか?」
「雨降ってきちゃったから迎えに来たんだ。小夜ちゃん、朝傘持ってなかったみたいだったから」
「そ、そんな!迎えなんてお手間を」
「手間じゃないよ。とりあえず靴に履き替えようか」

僕の言葉に気づいたのか足元を見て上履きのままだと気づき、慌てながら下駄箱に戻っていった。
慌てすぎて入れようとした上履きを片方落としてしまいその光景に笑う。

「お待たせしました!」
「はい、小夜ちゃんの傘」

手にしていた二本の傘の内一本を差し出す。

「ありがとうございます」

笑顔で受け取ったのを見て、学校を出ようと傘を差そうとしたら小夜がいなくなっていた。
差そうとした体勢のまま周りを見てみると少し離れた場所で男子生徒に話しかけている。
すぐに話は終わり、戻ってくる。そして横までくると頭を下げてきた。

「すみません!文人さんの傘を勝手にクラスのかたに貸してしまいました」
「いいよ。顔上げて、小夜ちゃん」

更衣小夜は人気者。明るくて親切という設定をしてある。
大方傘を持ってきておらず困っていたクラスメイトを見てすぐに行動してしまったのだろう。

「明日返してくださるそうなので必ず明日返しに行きます」

顔を上げて力強く誓うように言う。たかが傘なのに。その様子が可愛らしかった。

「気にしないで」
「ありがとうございます。では私は走って帰ります」
「走って帰るの?」
「はい!雨が降っていますから」

雨が降っているから濡れる時間を短くするために走って帰ると言っている小夜に思わず声を出して笑ってしまった。
自分を犠牲にして他人を助けるのが滑稽に思える行動を小夜なら可愛らしく思えてしまう。
小夜はなぜ僕が笑っているのかわからずに首を傾げる。そんな小夜の頭を撫でながら言う。

「小夜ちゃんを雨に濡らさないって唯芳さんと約束したから一緒に入って帰ろう?」


「すみません」

一つの傘に二人で入りながらひとけのない帰り道を歩いていく。
小夜は俯き加減で謝る。気にしなくていいと言ってもやはり悪いと思ってしまうらしい。
最初は一本しか傘を持っていこうとしなかった。でも小夜はきっと二人で入れば僕が濡れると遠慮してしまうだろう。
だから二本持っていったけど一本は小夜が貸してしまい結局一本の中に入る事になった。
それを僕が嬉しく思っているなんて小夜は気がつかないだろう。

「小夜ちゃんは嫌?」
「嫌、とは?」
「僕と一つの傘の中でこんな近くにいる事」
「そんな嫌だなんて事あるわけありません!」

小夜は顔を上げて言い切る。

「僕はむしろ嬉しいよ。小夜ちゃんとこうして学校の帰り道を歩くことってあまりないし、ましてこんな近くでなんて」
「嬉しい、ですか?」
「うん」

笑むと小夜は不思議そうに見上げてくる。僕が言った事の意味を理解しようとするように。
だけどすぐに視線を逸らして俯いてしまう。

「私も嬉しいんでしょうか?何だか落ち着きません」
「落ち着かない?」

問いかけてみても小夜は首を傾げるだけで自身でもよくわかっていないようだった。

「小夜ちゃん、濡れちゃうからもっとこっちに寄って」
「私は大丈夫です」
「駄目だよ。腕に掴まっていいから」

こう言うと小夜はあまり断れない。
歩きながら微かに触れていた腕が、傘を持つ僕の腕に回される。

「こうでしょうか?」
「うん」
「この方がいいですね。濡れにくくなりますし、触れた部分が」

見上げて笑いながら言いかけて中途半端に言葉を切り、顔を前へと向けた。
追及することはなかった。嬉しそうに言いかけたのを見れただけでよかった。
触れた部分が温かいのは僕にもわかっていたから。



H24.6.19