休日


休日昼前。いつものように境内の掃除をする。
晴れてる空を見上げると歌いたくなってくる。平和な日常。お天気もいい。お昼ご飯は何だろう。
ふと疑問が浮かび首を傾げる。

「父様も私も料理ができないのにどうして……」

用意されている料理。文人さんが差し入れを持ってきてくれる時もある。でもそれ時以外は?

「っ……」

頭痛がして目を瞑り頭を手で押さえる。ふらつかないように持っていた箒を杖代わりにした。

「小夜ちゃん」

声がして視線を向けると階段を上がってきた文人さんがいた。

「文人さん……」
「お務めご苦労様」
「いえ……神社の娘ですから」

頭がうまく働かない。でも文人さんに心配をかけてはいけないと体勢を正す。

「小夜ちゃん、元気ない?」
「そんなことは」
「あるよね」

目の前まで近づいてきた文人さんに言葉を遮られる。
文人さんは何でもお見通しだ。

「お腹空いたでしょう?お昼にしようか」

私の前にバッグを掲げてみせる。それは普段私が学校に持っていくお弁当を入れているものと同じだった。
言われてみるとお腹が空いたかもしれない。

「はい!あ、でも父様は……」
「唯芳さんは用事で夕方まで帰ってこれないって。だから小夜ちゃんの事頼まれたんだけど聞いてない?」
「父様がどこかへお出かけですか?」

聞いた記憶はなかった。でも朝の記憶も曖昧でもしかしたら聞き逃してしまったのかもしれない。

「言われたかもしれないのですが覚えてなくて……父様の娘として失格です」

気落ちして項垂れる。自分が情けない。
すると頭に感触を感じて顔を上げた。

「小夜ちゃんはいい子だよ。だから唯芳さんが帰ってくるまでに元気になっておかないとね。大好きな唯芳さんに心配かけちゃうし」
「そうですね!父様に心配をかけてはいけません」

文人さんは軽く頷くと私の腕を引いて奥の社へ向かっていく。

「文人さん、どちらへ行かれるんですか?」
「そこでお昼を食べようかと思って」

文人さんが指し示したのは社の小さな階段だった。

「ここでですか?」
「駄目かな?」

しばし文人さんを見つめてはみたものの断る理由もなかった。
私が黙ったままでいると文人さんは階段を上がり、一番上に腰かける。私もそれに倣うように文人さんの隣に座った。

「はい、どうぞ」

文人さんがお弁当を広げ、箸を手渡してくれる。
箸を受け取ると文人さんは水筒の用意を始めた。

「お弁当は一つですか?」
「うん、小夜ちゃんの分だから」

二人の間に置かれたお弁当はいつものように美味しそうだった。
そこに中身がいれられた水筒の蓋が置かれる。茶色い液体から湯気が出ている。香りもよかった。

「あと珈琲」
「文人さんは食べないんですか?」
「僕は食べないよ」

そう言いながらおにぎりの入った容器を差し出されて、一つ手にし一口食べた。

「美味しい……」
「お昼に合わせて作ったから温かいでしょ?」
「はい!」

冷めてても美味しいお弁当は温かいと更に美味しく感じた。あっという間に一つ食べ終わる。
文人さんは食べる私をずっと見ていた。
視線に気づいても何か言うことはできず、珈琲を飲む。
文人さんの珈琲は飲むと安心する。飲む度に思う事。お弁当の美味しさとはまた違った。
蓋を置くと文人さんは珈琲を継ぎ足す。

「文人さん」
「何?」

継ぎ足して蓋を置いた文人さんに呼び掛ける。
一瞬文人さんが驚いたように制止する。

「どうしたの?」
「文人さんも一緒に食べられたらいいなと思いまして……」

箸で玉子焼きを掴み、文人さんに差し出す。作ったのは文人さんなのに作った本人に食べさせようとしてるなんておかしい気もした。
でも箸を引く事はしない。

「僕と一緒がいいの?」
「はいっ」

頷くと文人さんの顔が近づいて玉子焼きを口にする。その動作になぜか顔が熱くなった気がした。

「小夜ちゃん、箸貸してくれる?」

いつの間に玉子焼きを食べ終わった文人さんに言われて箸を渡すと、文人さんも玉子焼きを掴んだ。

「はい、小夜ちゃん。あーん」
「あ、あーんですか?」
「うん」

笑顔で差し出されて戸惑う。でもすぐに玉子焼きを口にした。甘い味が口に広がる。
そうやって全部ではないけどいくつか食べさせあうようになり、お弁当は空になった。

「ごちそうさまでした」
「うん」

珈琲の入った器を差し出されて受け取る。
境内を見つめながらゆっくりと飲んだ。

「楽しいです」
「楽しい?」
「いつもとは少し違う休日ですが楽しいです」
「よかった」

また頭を撫でられ横を見ると文人さんが私を見つめていた。
何も言わずに見つめられて、何も聞けずにいると段々眠気を感じてくる。

「いいよ、寝たらきっと元気になるから」
「小夜は……もう大丈夫、です。元気ですから……」

そう言っても眠気は強くなるばかりで瞼が落ちた。
力を失った身体を受け止められ、仰向けにされたのがわかった。
頭を何かに乗せられ撫でられる。

「おやすみ、小夜ちゃん」

聞き取れても返せない。
口の中に甘い味が広がった気がした。先程の玉子焼きとはまた違う甘さ。
私を呼ぶ声と甘さを最後に眠りについた。



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