猛追


幾日経過したのかわからない。浮島から走り続けやがて人のいる町に辿り着いた。
文人がどこにいるかわからない以上情報を得なくてはならない。

「……服か」

まだ左目は回復しておらず、服も破れ血がついていた。これでは悪目立ちしてしまう。
建物の影に身を潜ませながら辺りを見回すと喫茶店らしき店を見つけた。外に机や椅子が置かれ、机には白い布が掛けられていた。

『いらっしゃい、小夜ちゃん』

浮島での記憶が脳裏を掠め振り払うように頭を振る。
人が近くにいないのを確認し駆け寄ると白い布を手にした。

「きゃっ……」

背後から声が上がり地面に何かを落とした音がして振り向く。

「騒ぐな」
「……っ」

私の見た目とさほど年が変わらなさそうな少女が鞄を落とし、怯え立ち尽くしていた。
近寄ると震えながら後ずさる。
人と話すのは久しぶりな気がした。

「服を渡せ」


町から外れた川まで移動し着ていた服を岸に投げ捨てた。
軽く水で身体を流し、先程の少女から奪った服を着用する。
少女には奪ったシーツを渡したがすぐに助けを求めに行っているだろう。あの町には戻れない。

「まるで首輪のようだな」

投げ捨てた服の首元につけられていた鎖を見遣りながら呟く。
文人の所有物かのように更衣という名前をつけられ、用意された服を着用し古きものを狩った。その古きものすら文人が操っていた。
浮島は文人の箱庭だった。
拳を握りしめ川から離れ次の町を目指す。文人を探して。


「七原文人はどこにいる」

日にちなど数えていなかった。いく先々でそう口にした。知らないと答える者もいれば私の気迫に恐れ嘘をつく者もいる。それが人だとわかっていた。
人が多い町を目指そうとした。文人は人が多いところにいると確信があった。
思い当たったのは店がある場所。あの店がある場所は人が多い。だが入れる者は限られている。

「刀か……」

手にしている模造刀を見つめる。いつから刀を使っているかはわからない。だがどの武器よりも手に馴染んだ。
今の私では斬れない刀しか手に入らず、これではすぐに折れてしまうだろう。だが手にしているだけでも違い、奪い取ってから持ち続けていた。

「気温が変わってきたな」

少女から奪った服。制服一枚では寒さを感じた。死にはしないが耐えるほど物好きではない。
走り続けて気候の変化に空を見上げる。強い陽射しはいつしか弱くなり、季節の変化を告げていた。

「冬か」

訪れはじめた季節を口にする。

『君が欲しいよ、小夜』

文人と初めて会った日を思い出す。雪が降っていた。
あれから一年経とうとしている。私の中では一瞬に近い時。だがその短い時は尊い物だった。私が遠ざけてきた人との生活。

『何が食べたい?』
『……ギモーブ』

尊い日々の終わりの朝が過る。私は結局私でしかいられない。いくら人と関わろうと血を求める。

「私は……変わらない」

目を閉じ、左目につけていた奪った包帯をほどいていく。
瞼を開くと視界が微かにぼやけすぐにはっきりと道が見えた。
文人は私の行動を監視しているだろう。私を待っている。

『またね、小夜』

ずっと真意は見えなかった。なぜこんなことをするのか。
殺されるかもしれないとわかっていながらあの男は私を待つ。私を捕らえてから私に向けた笑みを浮かべて。

「文人」

再び地を蹴って走り出した。
文人と会ってから過ごした一瞬の時を反芻しながら追い続ける。文人を目指して。



H24.7.25