合図
部屋に置かれていた制服を身に纏い、刀を手に庭園に出た。
他の連中は塔の本拠地に潜入する準備をしていた。
「雪か」
先程から降る雪を今気づいたように呟く。
淀む空からは雪が降り続けていた。もしかしたら積もるのかもしれない。
「寒くはないのか」
後ろから声がしたが振り返らない。
しばらくの沈黙のあと声の主、殯蔵人が私の横へ来た。
視線を向けると車椅子に乗る殯の膝には畳まれた布があった。
「これを羽織っていけ」
畳まれた布を差し出され受け取る。
「コートだ。東京を訪れた時にだめにしていただろう」
「よく覚えているな」
「うちの優秀なメンバーが写真に撮っていたからな。君があの古きものにコートを被せていた写真があった」
「お前は仲間を信じているのか」
あえて古きものに対しては何も返さなかった。殯からすればなぜ被せたのかと疑問に思ったのかもしれない。私に返せる言葉はない。
私の問い掛けに視線を上げて私を見て、正面を向いた。
「あぁ」
「そうか」
私は幾度も人の裏切りを目にし、私自身も裏切られた。
何度葛藤したかわからない。それでも私はここにいる。
『小夜、君は答えを見つけているのか?』
昨日の殯の言葉が過る。
空を見上げれば雪が降り続けていた。終わりを知らせるような雪。私は答えがわかるのだろうか。
「何だ」
視線を感じで殯を見遣ると殯は苦笑した。その仕草と表情が文人を思い出させる。何かを企みながら真意を見せないあの男と同じ。従兄弟なのだから似ていてもおかしくはないが今まで似ている印象を持たなかっただけに違和感を感じた。
「そう睨まないでほしい。これがきっと最後になる。だから君の無事を祈っていただけだ。相手はあの文人だからな」
「そうか」
正面に視線を戻し背を向け歩き出しながら畳まれていたコートを広げた。
「小夜、また会える時を」
コートに袖を通しながらかけられる声に何も返さずその場を去った。
「小夜、コートあったんだね。よかった」
「何がだ」
屋敷の出入口に向かうと車のそばに真奈がいた。
「寒いから。雪も降ってきたし。前も留めたほうがいいよ」
真奈は私に駆け寄りコートの留め具を留めていく。
本当はここに残れと全員に言いたかった。だがそれは聞き入れないだろう。
「はい、できた。もう準備終わったから出発できるよ」
「わかった」
それだけ告げて車に乗り込んだ。
本拠地に向かう車の窓から外を眺める。
雪はやはり止まず。むしろ強く降り続いた。
『勝者には褒美を、敗者には罰を』
浮島での実験の前に文人が口にした言葉。褒美と罰。私にはそれがわからなかった。
『君は勝ったらなにがほしい?負けたら、何を奪えば死ぬよりも辛いだろう。ねえ、小夜』
その答えを私は持っていなかった。
終わればわかるのだろうか。私と文人の褒美と罰が。
終わらせるためには文人を止めなければいけない。それでたとえ私が鬼となり、人と関われなくなろうとも人を守るために。
誓うように先程留められたコートの胸元を握りしめる。
「私は……」
窓には赤い瞳の私が映った。
雪が降り積もる。白い雪が。文人との始まりを告げ、その終わりを告げる合図のように雪が降り続ける。
H24.7.29