黄昏:1
夕暮れの帰り道を一人で歩く。
ふと立ち止まる。左右を見渡してみても誰もおらず車も走っている気配がない。
なぜそんなことを思うのか。それが普通ではないのか。
「犬、さん」
先程はいなかったはずなのに前方に視線を戻すと最近よく見かける小さな犬がいた。道路の真ん中に座り私を見ていた。
「危ないですよ、車が」
声をかけながら駆け寄ろうとして足が止まる。
夕陽を背に私の影が伸びている。いつの間にか俯き頭を押さえていた。
「っ……!」
後方に気配を感じて振り返ると人が佇んでいた。
夕陽に目が眩んだのと顔が陰り誰か一瞬わからない。
「……文人さん」
「大丈夫?」
誰かわからなかったわけじゃない。でもなぜか私は文人さんの姿を捉えて得体の知れない何かだと認識した。知っている人なのに。
文人さんが近づき、警戒し強張らせた身体の力を抜き項垂れた。
「小夜ちゃん」
「すみません、大丈夫です」
顔を上げて言うと文人さんは頬に触れた。困ったように笑うのを見て目を逸らした。
「よく、わからないんです。頭が痛い気もするんですけど……」
「あまり調子が良くないのかもしれないね。小夜ちゃん、普段はあまり体調崩さないから自覚しにくいのかも」
「そうなんでしょうか……」
そう言われてもやはりわからずにいると頬を撫でられた。触れられる感触に安心する。
しばらくそうしていると不可解な感覚も薄れて文人さんに視線を戻した。
一瞬向けられる笑みに何かが過る。
「小夜ちゃん?」
「いえ……大分良くなりました。ありがとうございます」
陰っているせいで顔がはっきりと見えづらいせいかもしれない。
手が離れる瞬間指先が頬を微かに撫でられた。
文人さんに促されて再び家路につく。先程いたはずの犬はいなかった。
「小夜?」
離れに宛がわれた部屋に戻るとここへ来る時に着ていた制服が書き置きと共に置かれていた。
その前に座して物思いに耽っていると後方から声をかけられた。足音にも気づけなかったようだ。
「っ……」
「あ、ごめん。こっち向くと眩しいよね。……その、入ってもいい?」
「……好きにしろ」
振り返ると夕陽で目が眩み手を翳す。
訊かれ答えると声の主である真奈は私を横切り室内に入った。
「失礼します」
置かれている服の向かいに正座をする。
「クリーニングから戻ってきたんだね」
真奈が制服を見遣り言うと再び私を凝視してくる。
「何だ」
「小夜が通っていた学校の制服、ではないんだよね?」
「私は学校に行っていない。短い期間文人に行かされはしたがそれとは別の物だ」
「そうなんだ。でも何で制服、しかもセーラー服なの?」
「意味はない」
私の返答に真奈が目を見開く。
動きやすく私の外見年齢からこの服装の方が便利な時もある。だがこだわっているわけではない。だから意味はない。
「そっか。でも小夜に似合うよね!十字学園のもよく似合……ご、ごめん」
言いかけて私の視線に気づいたのか言うのをやめた。
十字学園の制服は三荊学園のものと似ていた。文人が関わっているなら不思議でも何でもない。だから私はあまりあの制服を好んでいなかった。
「でもきっと小夜には制服以外も似合うよ!ここにいる間に着ている服も似合ってたし、ジャージも……」
言いながら視線がなぜか下がる。位置的には胸のあたりに視線を向けられている気がした。すぐに視線が戻る。
「ジャージも小夜が着ると違うよね」
「興味がない」
「そ、そっか……」
はっきりと言うと真奈は勢いよく顔を下げた。だがすぐに顔を上げる。その表情はどこか嬉しそうだった。
「何だ」
「小夜とこうして話せるようになって嬉しくて」
「私は特に何も言っていない」
「そう?でも話してるよ。あ!そろそろ陽が落ちそう」
真奈が後方に目を向けて言い立ち上がる。手を取られ、なすがままに立ち上がり部屋を出る。
「綺麗だね、小夜」
夕陽に目を向け言いながら私に顔を向ける。
陽によって微かに陰る顔は笑みを浮かべていた。はっきりと見える。
『綺麗だね、小夜』
それは幾度となく聞いた言葉と同じでも真奈が今向けた言葉は文人とは違った。私に対してだけではなくまるで私と共有するように告げられる。
その言葉に促されて夕陽を見遣ると言葉通り綺麗だった。数えきれないほど見た光景でもやはり綺麗だと感じる。
「小夜とこうして何度も見たいな」
真奈を見ると夕陽を見つめていた。私も夕陽に視線を戻す。
はっきりと見える思いに私は答えられなかった。
守るために私は見えない思いに向かっていく。それがたとえどんなものだとしても私は止まらない。
H24.9.21