黄昏:2


いつもは足を止めながらも長くは止まらずに帰路についていた。でも足取りは重く、無意識なのか視線はカメラに向けられていた。
しばらく立ち止まっていたところに声をかけ、共に帰路を歩く。
小夜から先程までの苦痛な顔はなくなり笑顔を浮かべて空を仰いでいた。

「綺麗な空ですね」
「明日も、いい天気〜だね」
「い、いつ聞かれて……!」
「いつだろうね」

からかうように小夜がよく口ずさむ鼻歌を口ずさんでみると小夜は驚いてこちらを見た。
恥ずかしそうに顔を俯かせ片手で口を押さえる。
小夜が綺麗と言った空を見上げた。


「眩しいかな」

陽が沈みかけ窓から入る陽が拘束する小夜にあたる。
カーテンを閉めようと窓に近寄ると先程まで黙りこみ顔を合わせようとしなかった小夜がこちらを見ていた。眩しそうに目を細める。

「逢魔時」

言いながらカーテンを閉めていく。小夜は視線で僕を追った。
完全には閉めずに部屋内が見えるぐらいの光を入れる。それもすぐに消えてしまうとわかっていても。
小夜の横に佇み机に手をついた。

「神隠しは境の時間に起こりやすいと言われてる」
「……だから何だ」
「起こりやすいだけで完全ではないし、子供でなくてはならない」

最初は何の意図があるかわからなかったようだけど、すぐにわかったようだった。

「試したのか」
「実際あの半面を見つけて成功例を目の前にしただけに試しはしたんだけど駄目だったよ」

小夜の視線が鋭くなり睨み付けられる。
半面を作り出すことはできるか。可能性は低すぎてあてにできないものだとわかった。僕が子供だったなら試したかもしれないけど、残念なことに年を重ねすぎた。

「あの半面もなりたくてなったわけではないだろう」
「そうだろうね」

小夜の視線が逸らされ、小夜が憤りを露にしないよう俯いたのがわかった。
手を机から離し、机に軽く座る。

「小夜は半面とも違う。古きものだ。どうして人の形をしているんだろうね」

もしかしたら半面という可能性もあったが彼女は人よりも古きものに近く、限りなく古きものだといってもいいくらいだった。ただし此の世に姿形を持ち、その姿は人そのものだということ。
最初はなぜだろうと思った。でも今は小夜だからそうなんだと納得してしまう。

「小夜」

小夜は黙りこんだまま顔を上げない。
次第に部屋内の光が薄れていく。境の時間。
暗がりでも彼女ははっきりと見える。彼女しか見えない。
机から腰を浮かし一歩小夜に近づき頬を撫でた。


「神隠し、ですね」
「え?」
「境の時間は神隠しが起こりやすいので子供から目を離してはいけません」

隣を歩く小夜に唐突に言われ我に返った。
小夜に視線を向けると真っ直ぐ前を見据えていた。僕も同じように前に視線を向ける。

「神隠しにあいたくない子があって、あいたい子はあえないんだよね」
「神隠しにあいたいお子さんがいらっしゃるんでしょうか?いけません、親御さんが悲しみます」

小夜の言葉に苦笑する。お人好しな設定にしたとはいえ些かいきすぎ、いや、人に入れ込みすぎな部分があった。

「それでもいるかもしれないよ。天女のような女性に拐ってほしい子供が」

小夜はやはり理解できないのか首を傾げた。それ以上会話を続けずに笑って返す。すると小夜も微笑んだ。
夕陽は沈みかけ、小夜の顔には陰が落ちる。それでもやはり小夜の顔ははっきりと見えた。


高層ビル最上階の窓から夕陽を眺めていた。
準備の終わった今はただ待つだけだった。陽が沈みかけるのを見て小夜との会話が過る。
触れた感触を思い出すように指を微かに動かした。

「小夜」

境の時を眺めながらその名を口にした。



H24.9.26