続・我儘


起き上がらなくても朝が来たのだとわかった。
すっかりこの生活に身体が慣れ、朝に起床し夜に就寝するというのが習慣になったようだった。
身体を起こしベッドから抜け出す。そこで違和感を覚えた。

「文人?」

気配でいないとわかっていても部屋を見回してしまう。
窓まで近づきカーテンを開け部屋内に光をいれてもそこには私しかいなかった。


食堂に行くと冷めた朝食が用意されていた。書き置きも何もない。
まるでこの洋館には私一人で見えない何かがいるだけのようだった。

今日は文人が従う側、いわゆる執事の番だった。
いつもは鬱陶しいぐらいに甲斐甲斐しく世話をしたがる。私が逃げ回るぐらいだった。朝も私が起きるのを待っている。
なのに今は文人がそばにいない。

「文人」

廊下を勢いよく歩を進んでいたが立ち止まり名を呼ぶ。
どこかで見ているに決まっている。呼べばくる。

「……何を考えてるんだ、私は」

俯いて拳を握りしめた。

文人がそばにいるのが当然になっている。いない事に違和感がある。
あの男がずっとそばにいると信じているんだろうか。

「ふみとぉぉおおおお!!」
「なに?」

憤りを吐き出したくて叫ぶと真後ろで声がして振り向いた。

「ふみ、と?」
「それ以外に見える?」

振り返ると似合わない燕尾服を着た文人がいつもの笑みを浮かべて立っていた。
一瞬安堵してしまったが悟られるのが嫌で頬に向かって手が出ていた。

「照れ隠ししなくていいよ」
「なっ……」

本気ではなく避けられる程度だったが掴まれて見透かされていた事に驚く。
手を振りほどこうとしても掴まれてしまい無理矢理振りほどくのも癪でそのままでいる事にする。

「今までどこにいた」
「小夜のそばだよ」
「ではなぜすぐに出てこなかった」
「前に小夜がご主人様の時に命令したんだよ?“一日、私の前に姿を現すな”って」

言われるまで忘れていた。その時の事を思い出して手を振りほどこうと力を入れた瞬間、腰を引き寄せられ文人に密着する体勢になっていた。

「……あれはお前が行き過ぎた世話をしたからだ」
「それで小夜が怒ったんだよね。衝動で言ったとしても命令は命令だから」
「離れろ」

見透かして楽しんでいるかのような笑みに腹が立つ。
今は私が主の側なら離れるはずと思って言ったのに腰に添えられた手は更に押し付けるように力が加えられる。

「文人」
「あんなに寂しそうな背中見て叫ばれたら離れられないよ」
「寂しくなんて」

間近に迫る顔を睨み付ける。でも言葉はそれ以上出てこなかった。否定ができなかった。
実際そうだったのか私にはわからないのに否定もできない。

「これからは姿を現すなって言われても現すよ。僕も寂しいしね」

更に近づく顔に微かな抵抗を見せるように俯かせた。
そのまま顔を文人の身体に寄せる。
嗅ぎ慣れた匂い。この匂いがないと違和感を感じる夜さえある。

「小夜」

抱きしめる腕、髪に感じる温かさ、そしてその声にしばし身を委ねた。



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