開閉


小夜とこの生活を始めて一週間。
彼女は部屋から一度も出てこなかった。

「小夜」

扉の奥に呼び掛ける。幾度となく呼び掛けた。でも返事はない。

「やっぱり閉めてるか」

試しにノブを回してみても開く事はなかった。
屋敷にセキュリティは設置していても一部の部屋は小夜の希望で機械は使用しなかった。
だから小夜の部屋の鍵を取りだし鍵穴に差し込む。

「入るな」

扉を開けた瞬間に一週間ぶりに聞く声が聞こえた。
暗がりの部屋に月明かりが差し込み、小夜がベッドに横たわっているのがわかる。

「せっかく二人で暮らしているのにこれじゃあ一人で暮らしているみたいだよ、小夜」

小夜の言葉に逆らい部屋に入り扉を閉めた。

「何のようだ」

奥に歩を進めベッド脇に佇む。
仰向けの小夜は天井に顔を向けたまま僕を見ようとはしない。

「小夜に会いたかったんだ」
「用がないのなら出ていけ」

やはり小夜の言葉には従わずに横にある椅子を引いて座る。
小夜は言っても無駄だと思ったのか僕とは反対方向に身体を向けてしまった。

「小夜、一週間ずっとそうしてたの?」

小夜の背に問いかけても返ってはこない。聞かなくてもわかる。ずっとこうして一人でいたのだろう。

「お前はこの屋敷にいればいいと言った」
「そうだね。でも僕は会いたいよ」

沈黙。小夜の背中は動かずに、でも思案しているように思えた。
急かすわけでもなく待っていると伝えるように頭を撫でる。浮島の時にもしていたように。

「……私はこれでいいのかわからない」
「何がわからない?小夜」
「お前が何を望んで私と暮らしたいのかだ」
「僕は望んでないよ」

そう言うと小夜が勢いよく起き上がった。撫でていた手が行き場をなくす。

「君が欲しいだけなんだ」

振り返って僕を見る小夜は綺麗な赤い瞳をしていた。何か憤りを感じ怒りを覚えているような表情をして。

「お前はおかしい」
「この提案をした時にも聞いたよ」

行き場をなくしていた手を小夜に向ける。僅かに身構えながらも動かずに触れるのを待つように見つめていた。
やがて小夜の頬に届く。温かい頬だった。

「文人は私に触れたいのか?」
「そうだね……触れたいよ、小夜」

触れた柔らかな感触に心地よさを感じながら答える。
瞳の赤い光は消え、小夜の表情が微かに和らいだ気がした。
小夜が身体をこちらに向けて手が僅かに上がる。でもすぐに下げられた。一緒に視線も下げられる。

「明日からは少しだけでも部屋から出るようにはする」

そう小さく呟く小夜に頷いて頬を撫でた。



H24.6.11