続・開閉
起床してから数時間。私はこの屋敷で暮らしはじめて自分から自室を出ようと扉を開けた。
「おはよう、小夜」
ドアの前に文人が佇み挨拶をしてくる。
一瞬浮島での朝の日常だったものが過り驚くも何も返さずに廊下に足を踏み出し、扉を閉め歩き出す。
横について文人も歩き出した。
「ずっと待っていたのか」
「小夜が部屋から出てくる時間聞いてなかったからね」
「私が出てこなかったらどうするつもりだった」
「小夜は出てくるよ」
昨晩文人に少しでも部屋から出るようにすると伝えた。
その翌日である今日から出ないとあっては嘘をついたような気がして、部屋を出た。
文人はわかっていて待っていたのだろう。
「文人」
「なに?小夜」
足を止め、横についてくる文人を見上げる。
言おうか迷いながら文人を凝視する。文人は浮島の時も見せていた笑みを浮かべて待っている。
「……何か飲みたい」
「はい、珈琲」
食堂に案内されて席につきしばらくすると見慣れた色の液体から湯気が出ているカップが置かれた。
「何も入れてないよ」
「入れていたら怒る」
「怒るだけ?」
文人が横に佇み苦笑するのを見て、カップを手に取った。
懐かしく安心する香り。あの時が思い起こされる。私が居場所を得、人として人と関わっていた短い日々が。
「文人は飲まないのか」
「飲んだほうがいい?」
「飲みたくはないのか」
「嫌いではないけど好きってわけでもないしね」
文人の嗜好はよくわからない。浮島にいた時も食事を作りはしていたがあまり食べていた記憶がない。
「お前はずっと見ているのか」
「小夜が僕の淹れた珈琲を飲んでくれるのが嬉しいからね」
視線だけ文人に向けるとやはり微笑んでいた。変わらない。浮島の時から。私が安心していたあの空間から。
カップに口をつけ中身を口に含む。今まで飲んだ中では甘い気がした。
「浮島の時はブラックコーヒーだと言ってなかったか?」
「あれはあの時用だからね。小夜は甘いものを比較的好むみたいだし珈琲だけなら少し甘いほうがいいかなって」
私は食べなくても死にはしない。だがこうして飲食することは嫌いではなかった。甘いものを好むというのは浮島の時の事を言っているのだろう。
「そうか」
それだけ言い、再びカップに口をつけ今度は飲み終わるまで何も言わなかった。
カップを置き、ずっと見ていた文人に顔を向ける。
「私も……」
続きが出てこない。言いたいことはわかっているのに言うのを躊躇っている。
「小夜?」
「珈琲を淹れる」
呼び掛けられてやっと続きの言葉が出た。
文人は理解できていないような不思議そうに私を見つめる。
「小夜の珈琲は僕が淹れるから大丈夫だよ」
「飲む度に文人に一方的に見られたくない。だから私が文人の分の珈琲を淹れる」
「小夜が、僕のを?」
私の言った事を確認するように聞き返す文人をただ見つめ続けた。
沈黙のまま見つめあい、やがて根負けしたように笑みを浮かべる。
「わかったよ、小夜」
文人は言葉の通りにとっただろう。
本当は一人で飲むのは寂しい。一緒に飲みたいと思っていた。
文人に伝わることはないけれど、それでもいいと思えた。
「それじゃあ今からやってみようか」
私の横から動こうとすり文人についていくように立ち上がる。
それを確認して文人は歩き出し、私もそのあとについていった。
H24.6.15