綻び


学校の帰り道を歩く小夜を映すモニター。
小夜はカメラに背を向け立ち止まっていた。何もないはずの道の脇。そんなことが何度かあった。
小夜の身体で隠れているのかもしれない。こんな何度もそんな偶然があるんだろうか。

「ここから近いし行ってみようかな」

小夜が何に何度も足を止めるのか興味があった。


「小夜ちゃん」
「文人さん?」

道脇を見つめる小夜の横顔を見つめ呼び掛ける。近づいたのもわからないぐらい気を取られていたようだった。

「立ち止まってどうしたの?」
「犬がいたんです」
「犬?」

横から見て心なしか眉が下がり気味だったのが聞き返すと上がり、こちらに勢いよく身体を向ける。

「はい!このぐらいの可愛い犬なんです!」

小夜は小夜の顔ぐらいの大きさを手で表し説明する。
嬉しそうに説明していた小夜だったがすぐに肩を落とす。

「ですがなかなか触れなくて」
「触れないの?」
「逃げられてしまうんです。もう少しなんですが」

小夜の視線が犬が逃げたであろう方向に向けられる。
その視線を追ってもそこには何もいなかった。

「犬か……」
「文人さんは犬お好きですか?」

何もないのを確認して呟くと小夜が聞いてくる。
小夜に視線を戻すと明るい表情をしていた。

「好き、かな」
「では一緒ですね!」

僕の答えを聞くと小夜は嬉しそうに言う。
小夜にもしも尻尾があればわかりやすく振っているのだろう。
犬はどちらかといえば嫌いではない。小夜以外に興味があまりないだけで。
でもどこか犬が小夜に似ていると感じて好きだと答えた。
本当の小夜は警戒する犬のよう。獰猛で近づけば噛みつかれてしまう。でも気を許した今の小夜はなつく犬のよう。話しかければ嬉しそうに尻尾を振り寄ってきてくれる。

「小夜ちゃんは可愛いね」
「えっ!?」

驚いて声を上げる小夜に笑う。
小夜に近づき目の前まで行くと見上げてくる。
全く警戒も嫌悪もない無防備な瞳で。

「帰ろうか」
「はいっ」

帰るのを促すと身体の向きを帰り道に向け、歩き出す。僕もその横を歩いた。
小夜は嬉しそうに暮れる空を見上げる。危ないよと言おうとしてやめた。
もし転びそうになったら支えればいい。

「明日こそは触りたいです」
「触れるといいね」
「はい!」

犬の話をする小夜は元気よく頷く。
触れなくても良いのだろう。小夜にとって今日もいい一日だった。だから暮れる空を見上げて馳せる。明日もそうであるように。
僕が作ったこの箱庭で小夜が明日を語るのは不思議だった。本当の小夜ならどうだろう。


配置した覚えのないものがいる。それが今のところ小夜にしか見えていないようなのが気がかりだった。そこから綻びができるかもしれない。

「明日も文人さんの作ってくださるご飯楽しみです」
「僕も小夜ちゃんが食べてくれるの楽しみだよ」

今はまだこの箱庭で小夜と明日を過ごしていく。



H24.6.27