火照り


「特に特別な部屋はないんだ。何の仕掛けもない普通の屋敷だよ」

屋敷内を案内していく文人の後ろについていき、一つ一つの部屋を確認していく。ほとんどが空き部屋だった。

「僕の言葉が信じられないって顔してる」

文人の言葉に取り合わず無言でついていく。文人も返答は求めていないのか追及せずに次へと行く。

「ここがお風呂」

文人が扉を開けると今までの部屋とは違い、棚が並び奥に曇りガラスの引き戸があった。

「洋式の家に和式の風呂か」
「よくわかったね」

文人が奥に進み引き戸を開けるとどこか懐かしい木風呂があった。浮島のあの家にあったような風呂だった。
わざとやっているのかと睨むと文人は苦笑した。

「小夜を怒らせたいわけじゃないよ。小夜の好みにあわせたんだ」
「好みなどない」
「どちらかというと和式のほうが好きでしょ?この屋敷は事情があって小夜の好みにはできなかったからせめてお風呂だけでもと思って」

嘘は言ってないようだった。
好みはないと言ったがどちらかといえば文人の言う通りだった。だがそれは口にはしない。

「せっかくだし入る?お湯張ってあるし」
「なぜ湯を張ってある」
「小夜が入ると思ったから」

文人の手が毛先に伸びて微かに弄り、落とす。
あまりにも用意がいい事を不審に思いはするが湯に浸かりたい気持ちもあった。

「覗かないよ」
「当たり前だ」


一度自室に戻り着替えを取りに行き、風呂に入った。
温かい湯に浸かるのは少し久しぶりで目を閉じ、心地よさに浸かる。
薄く目を開けると見覚えのあるアヒルの玩具が浴槽の隅に置かれていた。
浮島の時は何の違和感もなく浮かべて入っていたのに、今は触れるのにも戸惑う。

「……はぁ」

段々熱さを感じ息を吐きゆっくりと湯から身体を上げた。


「湯加減どうだった?」

扉を開けると横から声がした。見ると壁に背中を預けて待っている文人がいた。

「覗かなかったよ」

相手をせずに扉を閉め、文人に背を向け自室に向かおうとして手首を軽く掴まれた。

「何だ……っ、文人」

振り払える事はできたがそこまでする事はできず足を止めた。
すると手首から手が離れた直後に後ろから抱きしめられた。

「文人」

どういうつもりだという意をこめてもう一度呼び掛けるが文人は何も言わない。
顔の真横に文人の顔が寄せられ息を深く吸い込んだのがわかった。

「お風呂上がりだとやっぱり少し違うね」
「離れろ」

言っても無駄だと思ったが離れるよう言うと抱きしめてくる腕に更に力が込められた。
頬に文人の唇や鼻先が当たりくすぐったさを感じる。

「髪もまだ濡れてるんだね。乾かそうか」
「いい」
「駄目だよ。傷んだら大変だから」

傷むわけがないだろう。私の身体は変わらない。それは髪も同じことだった。
それは文人もわかっている。

「僕にやらせてほしいな」

耳に寄せられた唇が動く度にくすぐったい。だが嫌悪感はなかった。

「……好きにしろ」

湯から上がったのに火照りはまだ引かない。
不思議な心地よさに身を委ねた。



H24.6.18