調理
食堂にて小夜が珈琲を飲み終えたのを確認して、小夜の前に白い紙とペンを置いた。
空になったカップは横に避けておく。
小夜は置かれた紙とペンを目で確認して僕を見上げてくる。
「これは何だ」
「小夜に食べたい物を書いてもらおうと思って」
訝しげに見つめ、再び紙に顔を向ける。
紙の横に手を置き体重をかけ前のめりになり小夜に近づく。
「珈琲だけだと味気ない気がしたんだ」
「それは文人が勝手に思った事だろう」
小夜が立ち上がりかけてもう片方の手で肩を押し留めた。
無理矢理座らされて小夜が睨み付けてくる。
そんな小夜に笑んで返すとペンを取り、紙の上にペン先を置く。
「食べなくてもいいのはわかってるよ。でも小夜は結構好きだよね」
あえて何がとは言わなかった。小夜の睨みつける視線を受け流して紙に書いていく。
「朝食はトーストにサラダ、スクランブルエッグ。和食でもいい。昼食は浮島の時みたいにおにぎり作ったりね」
「あれは……全て文人が作っていたのか?」
睨む視線は消え、小夜は僕を見上げ続ける。
「そうだよ。小夜のご飯を作るのは楽しかったからね」
「元から料理ができたのか?」
「どうだと思う?」
少しからかうように視線を合わせて言うと小夜は怒ったように勢いよく視線を逸らした。
でも正面に戻された横顔を眺めていても怒っているようには感じなかった。
「……私のためか」
僕が書いた文字を見つめながら、どこか思い出を語るように呟いた。
浮島での事を思い出しているんだろう。
「私はあの浮島の生活で人の生活を体験した。食事もその一つだ。だから私は好きなのかもしれない」
小夜は多くは語らない。だから少し驚いている自分がいた。
それを悟られないように体勢を正してペンを置く。小夜の肩から手を離しても小夜は立ち上がらなかった。
「小夜」
頭を撫で、頬を撫でる。あの浮島の生活で幾度となく触れた。触れるだけなら何度もできた。触れる度に嫌がられはしたけど。
触れる事を受け入れた小夜を見たのはあの浮島がはじめてだった。実験の生活がいつしかそこに自分の望むものがあるのかもしれないと過らせる時もあった。
頬を撫で続けても小夜は何も言わずに顔を微かに傾ける。
まるで心地がいいように顔を寄せたような仕草だった。
「私は文人が作った物以外よくわからないが和食なら少しわかる」
「じゃあ色々作ってみるよ」
そう言うと伏し目がちに俯かせて、それが頷いたように見えた。
H24.6.22