「靴はどうしたの、小夜」

朝目が覚めて身仕度をし部屋から出ると廊下の奥から声が聞こえた。

「お前はまた待っていたのか」
「今日はたまたまだよ。部屋の前にいなかったでしょ?」

いまいち信用できずに睨み付けるが笑むだけで私はそれ以上何も言わなかった。

「靴を履かなくても危なくないけどやっぱり履いたほうがいいよ」
「いい」

言い捨てて部屋の扉を閉めて行こうとすると、扉を押さえられ手を取られた。

「一度部屋に戻ろうか」

文人は私の返答を待たずに手を引いて部屋に入る。

「靴を履かなければいけないなら私は今日は部屋から出ない」

文人が扉を閉めたと同時に掴まれた手を軽く振り払い、ベッドに座る。

「そんなに履きたくない?」
「あんな踵の高い靴は靴じゃない」

衣服は文人が用意したものから選び着用していた。
靴もそうだ。なのに今日突然靴は一足しか部屋になかった。
赤い踵の高い靴。動きにくいだけで利便性のない物は必要のないものだ。

「ここで戦う必要はないよ」
「だから何だ」
「だから考える必要もない」

床に置かれた赤い靴を手にし近づいてくる。
意図がわかり、足をベッドに上げた。

「小夜、足を出して」

何も答えずに身体を文人から背ける。

「っ……」

気づけば身体はベッドに横たわっていた。横から肩を押されて倒れたようだ。

「文人っ」

隙を見逃さずに片足を取られる。無理矢理正面に身体を向けられ、渋々上体を起こした。

「……そんなに履かせたいのか」

座る体勢に戻ると文人が膝をついて私の足を片膝に乗せていた。
赤い靴を片手に私を見上げてくる。

「うん、履いてほしいな」
「どうしてそこまでする」

私の問いには答えずに視線を足に向け靴を履かせていく。
履かせられる感覚は奇妙なものだった。それが自分には必要のないものだと思っていれば尚更。
もう片方も同じように履かせられる。
文人の手が離れて両足が地についた。でもいつもの踏みしめる感覚ではなく不安定に感じる。

「行こうか、小夜」

文人が立ち上がり私の片手を柔らかく取る。
無理に立ち上がらせようとはせずに支えるように。
その手に僅かに力を入れ、立ち上がった。

「どう?」
「歩きにくい」
「まだ歩いてないよ」

文人が苦笑して一歩扉に近づく。同じように歩こうと一歩を踏み出してよろけそうになる。

「……文人」
「なに?」

文人の両腕に支えられ胸に飛び込むような体勢になっていた。

「これでは目的の場所に行けない」
「大丈夫、僕がいるから」

見上げるといつものように文人は笑む。すぐに顔を下げ、体勢を整えた。
再び文人の手に自分の手を乗せる。その手を軽く掴む。

「脱ぎはしないんだね」
「黙れ」

やっと扉までたどり着き文人が扉を開く。
聞いた事のない自分の足音。それが聞き馴れる日が来るのだろうか。
不安定な足取りでも不安はない。

「小夜、今日のご飯は何にしようか」
「何でもいい」

掴むこの手があるのだから。



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