続・カードゲーム


風呂の脱衣場に入り脱がされた靴下を置いた。
穿く気になれずにかといって放り捨てたままにもできずに持ってきた。

「紙がない?」

上着を脱ぐ前に上着に押し込んだ紙切れを出しておこうとポケットをまさぐるがそこには何もなかった。

「確かにここに入れたはずだ」

置いた靴下を穿き直し、食堂へと戻る事にした。


「小夜、早いね」
「風呂に入ったわけがないだろう」

文人は私が食堂をあとにした時と同じ席に座っていた。
その手には紙切れがある。紙切れは二枚あったが一枚は文人が書いたものだ。わざわざ改めて見る必要はないだろう。
つまり手にしている紙切れは私が書いたもので、先程上着に入れたはずのものだった。

「靴下穿き直したんだね」

食堂に足を踏み入れて近づくと文人の視線が足に向かう。
その言動が先程の事を思い立たせてあえて何も返さない。

「やっぱりこれを取りに来たんだ?」

目の前まで来て手にしていた紙切れを掴み取った。
戻ってくる事を予想していたようだった。

「ごめん、怒ってるよね」
「怒るとわかっていてやった事に怒っている」

苦笑する文人を見下ろす。このまま出て行ってしまおうかと思ったが文人の手が紙切れを握る私の手を取った。

「小夜はあまり言ってくれないから何を書いたか気になっちゃったんだ」
「直接聞けばいい」
「教えてくれたのかな?」

その問いには否であるため答えなかった。
教えたくないから負けたと判断した瞬間に紙を取ったのだ。
掴んだ手を文人が両手で包むようにする。

「勝者も敗者もなかったってさっき小夜が言ってたから小夜の言う事も聞くよ。でないと不公平だから」
「望んでない」

掴まれる手に力がこもる。しばし文人を見つめ視線を逸らした。
それを合図に文人の手が離れ、支えを失った手は下りた。

「小夜は“いいと言うまで動くな”と書いてたね」

握りしめた紙を机に置く。くしゃくしゃになった紙には文人が言った事が書かれていた。
私がついさっき書いたものだ。

「ここで動かなければいいのかな?」
「そうだ」

答えると文人は手を膝の上で組んで待つような姿勢になった。私がいいというまで待つつもりなのだろう。
見上げてくる文人にもう一歩近づき距離を狭める。
動くなとしか書いていないのに文人は話さない。ただ待っている。
両手を伸ばし文人の頭を抱えるように胸に抱きしめた。

「……小夜?」

くぐもった声が聞こえるが私は何も答えずに頭を撫でた。
いつかの浮島から文人が私にしてきたように。

「され慣れてないと不思議な感覚だね」
「嫌なのか」

問うと文人が微かに動いたため腕の力を緩めた。
顔を上げ、私を見上げてくる。その表情は穏やかでそれだけで嫌ではないのだとわかった。

「今のは動いたのに入る?」
「顔を上げたぐらいいい」
「よかった。でも動けないのは辛いね。小夜を抱きしめられない」

文人の言葉に腕に力をこめて、顔を近づける。
文人は動かない。私に抱きしめられながら私の言葉を待っている。
私は普段文人にされている事をしたかった。少しでも私の気持ちが伝わればいいと思った。
文人の腕の中は居心地がいいのだということを。

「……いい」

そう告げ目を閉じると身体に文人の腕が回り、唇に温もりを感じた。



H24.7.4