探索


廊下に自分の足音が響く。
最初は歩き慣れなく感じていた踵の高い靴も、今では不便には感じずに歩けるようになった。文人は少し残念そうにしていたが。

「何がしたいのか理解できない」

呟きながら窓に視線を向ける。今日も天気は良く、木々から陽が射し込みこの屋敷にも陽が入ってきていた。

「このあたりはまだ探していない」
足を止めて視線を並ぶ扉に向ける。
「何を探してるのかな」

背後から声がして振り向くと文人が佇んでいた。
こんなに近づいていたのに気配に気づかなかったのは他に気を取られていたからだが、明らかに文人も気がつかれないようにあとをつけていたに違いなかった。

「ここ数日お昼を食べたあと屋敷を散策してるよね。はじめは散歩でもしてるのかと思ったら何か目的があるみたいだ」
「……つけたのか」
「わかるよ。昼食中考え事をしてから毎日足早に出ていけば、ね」

ゆっくりとした足取りで近づいてくるのを身体は扉の方へ向けたまま見つめた。
すぐ横まで来ると毛先を手に取る。幾度もなくされていてまるで癖のようだと感じていた。

「何か隠しているのか」
「隠してないよ。隠してるのは小夜のほう。聞いてくれたらいいのに」
「答えないとわかっているから聞かない」

文人は苦笑しながらもう片方の手で私の肩に手を回してくる。
私の毛先を弄びながら口元に寄せるのを見つめる。
文人の顔が一瞬だけ顔が痛みに歪んだ。

「小夜……」
「離せと言っても聞かないとわかっているからお前の足を踏んだ。踵の高い靴も役に立つ」

踵の尖った部分で文人の足を踏んだ。
だが文人は離れない。

「小夜の目的を教えてくれたら離すよ」
「なぜ知りたい」
「小夜の事なら何でも知りたいよ」
「お前は教えないのにか」

文人の足を踏むのをやめ元の位置に戻す。
並ぶ扉に顔を向け、先を眺めた。
沈黙が流れる。文人とこうして過ごし、結局変わらないのだとわかった。底が知れない。見えないのも変わらない。
私は知りたいのだろうか。

「文人の部屋を探していた」

だから探した。
無断で入って何かを探したかったわけではない。
居場所とする、文人が眠る場所を探したかった。
この屋敷を案内された時に教えなかったのなら、聞いても答えないに違いない。
ならば探したかった。

「ないよ」

文人の返答に疑問を浮かべながら視線を向けると笑みを浮かべていた。
じっと私を見つめながら毛先の感触を確かめるように指先に絡める。

「たくさん部屋があるから日によって寝る部屋は違う。小夜のように決めた部屋はないよ」
「なぜだ」
「今ので全部だよ。理由なんてない」

指先から髪がすり抜け、文人が私をすがるように抱きしめた。抱きついたのか抱きしめたのかは曖昧だ。

「どこでも同じなんだ。小夜がいないんだから」
「……私はいる」
「うん」

頷きながら私を抱きしめる腕に力が込める。文人の唇が耳や頬を掠めた。

「私はないものを探していたのか」
「そうなるね」

耳元で囁くように微かに笑う文人。顔を俯かせると文人の腕が視界に入った。その腕に触れる。
再び顔をあげ正面を見ると扉が並んでいた。そのどれも文人の部屋はない。
それ以上どんな言葉を言えばいいのか、言いたいのかがわからなかった。
何か告げたいはずなのに自身でもそれがわからない。

だから今は目を閉じ、掠める唇に頬を寄せた。



H24.7.12