仕える


「何だ」

朝食後の珈琲を飲む小夜の斜め向かいに座り、小夜を見つめていた。
そのまま見つめているとカップを音をさせて置き、僕の前に置かれているカップを奪い取った。
小夜は一気にカップの中身を飲み干す。

「何だあの服は」
「やっぱり気づいてたんだ」

端整な眉が微かに動き、カップが僕の前に戻された。

「でも着てくれてないんだね」
「だからずっと見ていたのか」

片方は肘をつき、もう片方の指先で小夜の髪を掬って弄る。
小夜は思案するように視線を逸らしたけれど、すぐに戻して口を開いた。

「あれは給仕をする者の服装だろう。私が見たものより丈は短かったが」
「知ってたんだ。メイド服って言うのが一般的らしいよ」
「メイド?主人に仕える者の事か」

小夜は長年生きて色んな国に行き、時には連れて行かれたらしい。
その時見聞きしたものは覚えているものもあるとかでたまに話してくれる。

「仕えさせたいのか」
「違うよ」
「じゃあ何だ」

小夜が僕を睨む。わざと勿体ぶるように言うと小夜は焦れていく。そんな小夜を見るのも好きだった。

「着てほしいだけかな」
「……理解できない」

小夜の言葉に笑みを浮かべて髪を口に寄せて目を閉じた。
柔らかな感触と微かに小夜の匂いがした。

「小夜?」

椅子を引く音に目を開けると小夜が立ち上がっていた。掴んでいた髪もすり抜けてしまい手には何もない。
小夜は何も言わずに食堂を出て行ってしまった。

「怒らせたかな」

苦笑して立ち上がり、空になったカップを片付ける事にした。


「文人」

食堂から出ようとすると呼び掛けられ、声のする方向を見ると小夜が廊下の先にいた。

「一人で着れたんだ」

小夜は先程の服装ではなく僕が用意したメイド服を着ていた。
仁王立ちで待っているのが小夜らしくて笑ってしまう。

「着せたところで何もならないだろう。やはり理解できない」
「いいんだよ。小夜が着るから意味がある」

小夜の前まで近寄る。小夜は僕を見上げるだけで何も言わなかった。

「綺麗だね」
「……」

否定するように睨まれる。小夜の片手を取ると小夜はその手に視線を向けた。

「普通は仕える側が主人の手を取るんじゃないのか」
「僕は主人なわけじゃないから。むしろ小夜の世話をしたいよ。何から何まで、ね」

小夜の頬に触れると小夜が再び視線をこちらに向ける。

「ではお前が着ればいい」
「メイド服を?」
「そんなわけがないだろう」

わかっていて言ったと小夜にはわかり怒る。その反応に笑うと小夜は呆れたように息を吐いた。

「男にもあるだろう」
「執事?」
「そうだ」
「小夜が主人ならそれもいいね」
「私もお前の……」
「何?」

言いかけて止まってしまった言葉を聞き返す。小夜は顔を下に向けて眉間に皺を寄せた。その皺を指先でつつく。

「っ……たまには違う服装でも、いいんではないかと……思う」

つつかれて驚いた勢いで言おうとするものの口ごもっていった。それでも小夜が何が言いたいかわかって頬を撫でる。

「何だ」
「小夜は綺麗だけど可愛いね」

そう言うと両手で思い切り振り払われ一歩離れた。

「じゃあ僕のも用意してみようかな。やるときは何か勝負して決めようか」
「トランプならいい」
「小夜のお世話ができるのか〜」

小夜が背を向け歩き出しその横に並ぶ。

「故意に負けたら無効だ」
「それは難しいね」
「お前は結局どっちになりたいんだ」

呆れながら言う小夜の頭に軽く触れる。小夜が上目遣いでこちらを見てきて僕は笑みを浮かべた。

「小夜ならどちらでも」

小夜は何も言わずに視線を正面に戻した。
でも服を着てくれた事も先程の会話も嫌ではないのだとわかって嬉しく感じていた。



H24.7.24