続・仕える


明け方。扉の前に佇み鍵を取り出した。
そのまま鍵穴に差し込み取っ手を回す。


扉を開き物音を立てないように室内に入り扉を閉めた。
カーテンは閉められていて暗い室内。すでに暗がりの廊下を歩いていたため目は慣れていた。
隅にあるベッドに近寄り腰かける。
ベッドには小夜がまだ眠っていた。身体を横向きにし僕には背を向けている体勢だった。

『……明日は文人の番か』
『いや?』
『決まった事に文句は言わない』

昨晩の小夜とのやりとりを思い出す。
あるきっかけからたまに主従に似たような事をする日を設けた。決め方はその時によって違う。
従側になった際にはその証のように用意した服装になり仕える。さほど普段とかわりはないけど小夜と過ごせればよかった。

「私はまだ起きていない」

静かな室内に小夜の声が響く。小夜が起きている事はわかっていた。正確には部屋に入れば起こしてしまうことは。

「まだ眠っていていいよ」

頭を撫でながら声をかけると小夜は身動ぎ身体を僕に向けた。
掛けていたシーツを胸に抱いている姿は可愛らしい。

「まだ陽も昇っていない」
「だから眠って、小夜」

顔にかかる髪を払い頬に触れると小夜は微かに視線を逸らした。何か思案しているような間。

「私を起こすとわかっていながらどうして来る」
「起きた瞬間から小夜に従いたいからかな」
「以前出ていけと言ったが出ていかなかった」
「そうだね」

命令に従っていないと小夜は言いたいのだろう。でも視線は逸らされたまま呟かれるような言葉に、小夜も従わせたいわけではないのだろう。

「僕がいると眠れない?」
「いや……」

小夜の反応にもう少し経ってから来た方がいいのかもしれないと思い、立ち上がった。

「っ……!」

立ち上がったはずだったのに気づけば身体はベッドに沈んでいた。
僕をベッドに倒した小夜が身体に載っていて見上げる。

「この服が証のようなものだと話していたな」

小夜は僕が着ている燕尾服の襟を軽く持ち上げ、僕の身体も少し浮いた。

「そうだね。形から入るのも大事だと思うから」

顔が近づき小夜の瞳が細められた。
その瞬間身体が反転して俯せになる。何が起こったのか一瞬わからずにいると上着が剥ぎ取られていた。
ベッドが軋み小夜がベッドから下りるとシーツが身体にかけられる。

「今日は私が仕える側だ」

小夜がカーテンを開けるとまだ薄暗いが室内が少し明るくなる。
そちらに視線を向けると小夜は黒い衣を纏っていた。

「……小夜が着ると別の服みたいだ」
「大きさが違うから仕方ない。だが同じ服だ」

僕が着ていた燕尾服を小夜は羽織っていた。丈も何もかもが小夜には大きくて袖を捲る。

「陽が昇るまで寝ていろ」
「僕がここで?」
「そうだ」

話しながら机に置かれていた本を手にしベッドに座る。
身体を横向きにし背を向ける小夜を見つめると小夜が振り返った。

「私がいると眠れないか」

先程僕が聞いた事と同じことを聞いてくる。
軽く首を横に振り身体を小夜に擦りよらせた。

「小夜」
「何だ」

それ以上は何も言わない。
ふと自分がいつこうして横たえて眠ったかを思いだそうとする。仮眠程度はとっていた。眠らなくても支障がなかったから深い眠りをとろうとは思わなかったのかもしれない。

結んでいない小夜の長い髪に顔を寄せる。ベッドも小夜が眠っていたからか暖かかった。まるで小夜の香りと温もりに包まれているようだった。
次第に眠りに誘われて目を閉じる。微かに聞こえるページを捲る音を聞きながら眠りについた。



H24.7.28