続々・仕える


私の部屋のベッドで私ではない者が寝ていた。
本を手にしてはみたが頭に入らず、閉じる。
窓に目を向けると先程よりも空が明るくなってきていた。

『私がいると眠れないか』

先程口にした事を思い出し立ち上がる。
振り返ると眠っている文人がいる。私の方に身体を横向け、寄っていた。
座っていた場所に本を置き衣服を着替えるために脱ぐ。

「……」

文人から剥ぎ取った上着を脱ぎ、寝間着にしているシャツの留め具を外して止まる。
文人は眠っているとはいえ、目の前で着替える気にはなれなかった。羞恥などないはずなのに。

『今日は私が仕える側だ』

文人の上着を奪い、言った言葉。文人は睡眠をあまりとっている様子がなかった。
本人に聞けばはぐらかされるのがわかりきっている。だから寝るよう言った。仕える側が言うのもおかしいがそもそもこれは遊びのようなもので強制力はない。だからどちらでもいいことだった。
ただ文人は私の世話をしたがった。文人が仕える側では何か理由をつけて寝はしないだろう。だから仕える側の証としている服を奪った。

机の上に用意していた着替えを着用する。その上から文人の上着を羽織った。

「……やはり大きいな」

袖を捲りなおしながら呟く。袖は何とかできても全体的の大きさは変わらず、まるで防寒着を来ているような感覚になる。
私を覆う大きさが文人の身体を表していた。文人も体格は大きくはないが私を覆い隠せるぐらいには大きい。
形容しがたい感覚になり本を手にし元の場所に静かに座った。

「っ……文人」

突然腰回りに腕を回される。文人の目が覚めていると気づかなかったため少し驚いてしまった。

「小夜は綺麗で可愛いね」
「寝惚けているのか。いつから起きていた」

間がありその間に身体が更に寄せられる文人が密着してくる。

「小夜が立ち上がったあたりかな。着替えて、僕の上着を着てる姿が可愛かったよ」
「つまり着替えをずっと見ていたのか」

本を閉じ、しがみつく文人の頭を本で軽く叩き押し付けた。

「見てもどうしようもないだろう」
「小夜以外ならね。小夜の着替えなら何度だって見たいな」

更に本を押し付けるが文人は腰から離れなかった。

「こうしてるのに小夜以外の匂いがするのは不思議だ」
「お前のだろう。……自分の匂いはわかりづらいか」
「小夜は今僕を纏ってるようなものなんだね」
「変な言い方をするな」

顔は見えないが文人は笑っているだろう。本を文人の頭に押し付けるのをやめ膝の上に置く。
先程の形容しがたい感覚を思い出す。むず痒いような気恥ずかしい感覚。ただ文人の上着を羽織っているだけなのに、文人が私を抱きしめる事を思い出してしまう。

「今の僕も小夜の中にいるみたいだから一緒だ」
「私の中?」

顔を振り向かせるが文人は私の腰にしがみついていて顔は見えない。

「小夜の温もりが残ってて匂いもして、感触もある」

文人が深呼吸をしたのがわかる。

「だから小夜が立ち上がった瞬間起きたみたいだ」
「それでは私がいなければ眠れないみたいな言い方だ」
「そうかもしれないね」

文人もわかっていないのかもしれない。そもそも睡眠を必要としていない。
寝なくても死にはしない。だが疲労はする。それは文人もわかっているはずだ。

「小夜?」

文人の頭に触れてそっと撫でる。呼び掛けには答えない。

「朝だ。起きる時間になった」

しばらくそうして起床を告げた。すると腰にしがみつく腕の力が緩くなり離れる。

「おはよう、小夜」

振り返ると文人が言う。
私にもわからないが少しでも安らげる時間を文人が過ごせるように。私も過ごせているように。私にも何かできたらと考えていたがやはりわからなかった。
だから今は手を差し出し起床の手伝いをした。



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