睡眠前
『何か掛けた方がいいのでしょうか?』
近いはずなのに遠い気がした。ぼんやりとする思考に自分がうたた寝しているのだとわかる。起きようとしてもなかなか身体が起きてくれない。
ぼんやりとではあるけど意識はあるのに動かないなんて不思議だった。
『ですが勝手に二階にあがるのは失礼ですよね……』
気配が近づくのがわかる。
「文人」
頭上から声がして目を覚ます。そこは見慣れた食堂で肘をついてうたた寝をしていたようだった。
「眠るなら部屋に戻れ」
見上げると先程まで前の席にいたはずの小夜が僕の横に佇んでいた。
「眠らないならいてもいいのかな」
「眠いなら戻れ」
「部屋に戻っても眠れないだろうからここにいるよ」
小夜は視線を逸らして軽く息を吐く。
下に視線を向けると本を手にしていた。
「読み終わった?」
「まだだ。終わるまで待っていなくていい」
「待っているつもりはないんだけど読んでる間は邪魔しないほうがいいかと思ったんだ」
ちらりと小夜がこちらを見てまた逸らされる。
やがてすぐに口を開いた。
「夢を見ていたのか」
「夢?」
「何か呟いていた」
「夢、か」
ぼんやりと見たものを思い出す。
浮島でもあった。あの時は実験室での小夜の夢を見た。今は反対に浮島での小夜を夢に見た。どうしてこんな夢を見るのかがわからない。
「見たかもしれないけど覚えてないな」
「嘘か」
見抜くように言われて少し驚く。射抜くような瞳を向けられて苦笑した。
「どうして?」
理由を尋ねると小夜は躊躇しながらも告げる。
「私の名を呟いていた」
「小夜の夢なら僕が覚えていないわけがないってことか」
「お前はそういう男だ」
言い切られて複雑な気持ちになりながらも嬉しさのほうが勝った。誰かに理解されている不思議さ。理解されようがされまいが関係ないけどそれが小夜なら別だ。全ては無理でも小夜は僕を知っている。
「目の前にいるのに夢でも小夜に会いたいなんておかしいね」
「浮島でも同じ事を言っていた。あれは私を誤魔化すためでもあったんだろうが」
小夜はよく覚えていた。
小夜から顔を背け正面を向き、長机の先を見つめる。
実験室での距離だ。浮島であの夢を見た時も不思議だったけど、今浮島の時の夢を見るのも不思議だった。
「強く思ってるから見るのかな」
自嘲するように呟く。浮島の時と同じ事を言っている。
「一方的とは限らない」
「小夜も僕の事を考えてくれてる?」
冗談混じりに訊きながら、視線は向けずに誰もいない席を見つめ続ける。
「……私も夢に見る」
その言葉は僕の問いの返答としては少し曖昧だった。
けれど驚いて小夜を再び見上げていた。真っ直ぐに前方を視見据える小夜。やがて僕と同じ方向を見つめていた小夜がこちらに顔を向けた。
「それに楽しかったから見る夢もあるかもしれない」
小夜の言葉に浮島でのことが過る。小夜の言う楽しいかはわからないがあの場所で小夜と過ごした時間はずっと過ごしていたいと錯覚させるほどだった。
「そうかもしれないね」
曖昧な返答。
誰もいない席に一瞬視界を向けてから隣にいる小夜に言うと小夜は微かに笑みを浮かべた。
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