続・捕喰


この洋館で暮らしはじめてどのぐらいの月日が経ったのだろう。
廊下を歩く足を止めて窓へと近寄る。木々しか見えない景色。最も夜の暗がりでは何かいたとしても見えづらいかもしれない。
たまに外へは出るものの屋敷からは離れた事がない。人との関わりを断絶した生活。でも私はどこか心穏やかだった。窓に映る私は特に不満もなにもないように見える。

「小夜、外を眺めてどうしたの?」

声がした方に顔を向けると文人が佇んでいた。
文人は私が見ていた窓に視線を向けながら近づいてくる。
明かりは最小限にしか点けられておらず薄暗い。だから余計文人の表情がわからなかった。

「特に何もない。眺めていただけだ」

目の前まで来た文人を見上げると文人は無表情だった。
興味がない瞳で外を眺める。

「文人?」
「なに?」

思わず呼び掛けると文人がこちらに向いた。いつもの笑みを浮かべて。

「いや……」

無意識に呼び掛けていたとは言えずにごまかすように視線を逸らす。
すると文人の手が頬に触れて親指が唇をなぞった。やがてある箇所で止まる。

『私に喰われたいのか』

先日の自分の言葉を思い出す。そのあとの感触も痛みも。
文人が親指で触れてる箇所は文人が咬んだところだった。

本で読んだ吸血鬼という種族のように飢えを感じることはない。だから死ぬこともない。もしかしたら摂取せずにい続けたら死ぬのかもしれない。戦うためには力が必要で、血は力となる。だが力は今は必要ない。

手が一度離れ、顎にかかり上向かせられた。
文人と目が合い、顔が寄せられていく。唇が触れそうになるのを見ていた。

「……何だ」

触れる手前で止まり、文人はただ私を見つめる。意図がわからずに問うと微かに視線が逸れた。
私と同じものになったのなら血を糧とする。今は互いしかいない。力は必要としなくても衝動的に欲する時がある。それが今なのだと察した。

「ふみ……」

別に唇からでなくてもいいと言おうとすると唇が触れた。
目を閉じて咬まれる痛みを待つ。しかし痛みは感じないまま唇が離れた。
指で唇に触れ確認してみても血がつくことはなかった。
そうして確認してる内に文人の身体が離れた。

「欲したんではないのか」
「どうなんだろうね」

問いかけたのは私の方なのに文人は困ったように私に返した。

「小夜は?」
「私は……」

以前怪我をした指を私に差し出した事を思い出す。
私は与えられたから食べたわけではない。迷いはした。だが文人だから差し出された傷口からではなく自分で咬み、食べた。

「お前は一度覚えてしまった血の味を忘れられず、私以外のものでも欲するのか?」
「それはないかな」

一瞬驚いた表情をしてすぐに苦笑する。

「……そうだね」

文人はどこか納得したようにそう呟いた。
文人をたまに迷子の子供のように感じることがある。私がそばにいようと私を探しているような。
今の文人は私を見つけたように安心したような顔で頬に触れていた。

「別に唇からでなくてもいい」

そう言うと腰を引き寄せられ身体が密着する。
文人の顔が近寄り耳に唇が触れ、すぐに首筋に触れた。

「よくある吸血鬼とかだと首筋から血を吸うよね」
「血を多量に吸いやすい箇所だからだろう」

話す度に首筋に息がかかり奇妙な感覚だった。
沈黙しても文人の息遣いを首筋に感じる。

「……早くしろ」

急かすように文人の服を軽く引っ張る。
そうするとまだ咬んでいないのに文人は顔を上げた。
からかうような笑みを浮かべる文人を睨む。

「でも唇が好きかな」

言いながら顔が寄せられた。
今度は唇が触れる前に目を閉じた。痛みは慣れはしても好きにはなれない。でもこの痛みは待ってもいい痛みだった。



H24.8.17