暗闇


屋敷の照明を全て切った。夜闇の中、月明かりだけを頼りに廊下を歩く。段々と目が暗がりに慣れていく。
足音が聞こえ、次第に近くなると前方に人影を捉えた。あちらも僕に気づいたのか歩みを止める。

「小夜」

近づくと月明かりに照らされはっきりと顔が見えた。怪訝な表情で僕を見上げてくる。

「屋敷の明かりが突然消えた」
「どうしてだろうね?」
「お前がやったのだろう」

小夜が僕が故意に明かりを消したとわかっているから答えない。
小夜もそれがわかっているのか眉尻を下げた。

「なぜ消した?……何だ」

小夜の頬に触れると触れた手を一瞥する。いつもと変わらない小夜を確認し頬を一撫でして離した。

「小夜は暗闇でも普通に歩くよね」
「屋敷の中は歩きづらいところもない。普通に歩いて当然だ」

僕の言葉の意図が伝わらないとわかっていた。
小夜が暗闇を怖がらない事もわかっていた。だけど試してみたかったのかもしれない。

「怖くない?」
「怖い?」
「暗いとふいに怖くなったりしない?」

小夜は考えるように少し俯き微かに首を傾げる。

「視界は悪くなるが支障はない。ただ……誰かと共にいた時にその者が襲われはしないか、食われはしないかと不安になることはあった」

浮島の時の小夜も怖いものを思いつけず、周りにいるものがいなくなる事、今の生活が脅かされるのが不安だと言っていた。今も浮島の時も小夜自身に及ぶ恐怖ではない。
小夜は再び見上げ、口を開いた。

「文人は怖いものはあるのか?」
「そう言われると……ないね。古きものは怖いけど手立てがないわけではないから僕が今訊いている“恐怖”とは違うものになるのかな。恐怖という感情が恐れからくるのならそもそも力を持っている小夜と僕には縁遠いのかもしれない」
「……ならばなぜ聞いた」
「どうしてだろう?小夜を怖がらせたかったのかな」

顎に手を宛てて上を見上げ考えるポーズをする。
小夜は呆れるように視線を逸らし窓から外を眺めた。

「怪談とかも怖がらなかったよね」
「怖がるところがよくわからない」
「まあ、そうだよね。僕は笑うか関心するけど」

そう言うと小夜は僕を一瞥し背を向け歩き出した。
そのあとを追い横を歩く。
しばらくの沈黙のあと小夜の部屋に近づいてくると小夜が呟くように言った。

「寝覚めの悪い夢を見た次の日の夜は眠るのが少し怖くなる」
「それは悪夢?」
「悪夢なのかはわからない。悪い事ばかりではない。だが寝覚めは良くない」

先程話していた恐怖とはまた違う怖さなのかもしれない。眠るのを少し躊躇してしまうぐらいの。

「一緒に寝ようか」
「眠らない」

小夜の横顔に向かって言うと小夜は正面を向いたまま即答した。

「小夜の部屋に向かう途中に話してくれたからいいのかと思った」
「思い出したから話しただけだ」

何度か一緒に寝る事は聞いてはみた。でも予想通り小夜は断る。でも今晩はいつもと違うように見えるのは気のせいだろうか。

「眠るのが怖い時は呼んでくれたらいつでも一緒に寝るよ」

ちらりと小夜がこちらを見てすぐに正面に視線を戻した。
その小さな反応に指先で頬をつつく。

「何だ」
「可愛いね、小夜」

暗がりの中月明かりを浴びる小夜は綺麗だった。でもその小さな反応は可愛らしかった。



H24.8.21