雑学


昼食から少し経った頃、食堂の椅子に座り本を読んでいた。

「小夜、ここにいたんだ」

出入口から声がして顔を上げると文人が近づいてきた。
見つめ続けると横に佇み、手を机について本を覗きこんでくる。

「トランプの本?」
「ルールがいくつか書いてある本だ」

トランプの絵柄が載っているページに目を落とす。

「そんなのあったんだ」
「自分の持っていたものも覚えていないのか」
「持ってたかもしれないけどここにあるものは把握してないよ。でも何でトランプの本なのかな?」

文人の言葉を聞きながらページをめくる。
再び顔を上げると文人は微かに首を傾げていた。

「何度か勝負をしたが私は一つしかできない。他のも知っていた方がいいだろう」
「僕と勝負してくれるんだ?」

文人は笑みを浮かべて指の背で私の頬を撫でた。
その問いには返さずに視線を本に戻す。

「ジョーカーが持っているほうが負け、でいいと思うけどね。シンプルで」

頬から指が離れ身体を反転させて机に寄りかかった。あの実験室でよく見た光景だった。

「知っていても不便はないだろう」
「それはそうだけど……色々あるからね、小夜が好むやつでいいよ」

文人は比較的こういった勝負事には強いようだった。今の言葉からそんな余裕がとれた。
一つのカードで色んな勝負事があるのだと思い読んではみたが文人が知らないものはなさそうだった。そもそも元は文人の本なのだから一度は読んでいるはずだ。

「そのページで止まってるみたいだけど気になったのあった?」
「……隠れて見ていたのか」
「邪魔しないようにしてたんだよ」

確かに数ページ前からめくる速度が遅くなっていた。
文人を睨み付けるが笑みを返されるだけで、軽く息を吐き視線を本に戻す。

「花札と似ていると思った」
「だから気になったんだ?花札は知ってるんだね」
「実際にやった事は少ない。人がやっていたのを見ている方が多かった」
「花札はトランプの派生というと違うけど、元にしたらしいからね。トランプがかるたと呼ばれ、花札が生まれたらしいよ」
「枚数が違う」
「色んな国にあるものだから元になったのが48枚だったんだろうね。実際今のトランプの起源も明確にはわかっていないけれど」

相変わらずよく知っている男だと思った。あの実験室でも浮島でも文人はたまに今のような話をした。脈絡もなく話すこともあれば、流れで話すこともある。
役に立つのか立たないのかわからないような知識だが今となっては抵抗なく聞ける。

「なに?」
「相変わらず物知りだと関心していた」

凝視していたからか文人が首を傾げたため素直に言うと文人は苦笑した。

「ただの雑学だよ」

浮島の時と同じように返される。

「だがて今話している事も思い出になる。人はそうして生きていくと言っていただろう」
「何であんなこと言ったんだろうね」

苦笑したまま思い出すように天井を仰いだ。

「楽しかったんだろう。だから思い出としてしまっておきたかった。あの時私も楽しかったからわかる」
「そうなんだ?」

火を焚いてそれを中心に周りながら皆で踊った。あの時の“魚”の件は文人は関わっていたのだろうか。

「小夜?」
「いや……」

訊くことはしなかった。あの時の私と“魚”の秘密なのだから。それも思い出なのだろう。

「じゃあ小夜がせっかくやる気になってるみたいだし、トランプしようか」

体勢を戻すと文人はそう言い出入口に向かって行った。
その背を見えなくなるまでただ見つめていた。



H24.9.11