声息


「これで楽しいのか、お前は」

ちらりと横にある顔を見ると文人は相変わらず笑っていた。
視線を前にある長机に向けると置かれる二枚の紙が目に入る。
今回は一戦ではなく数回行い多く勝った方のいうことをきく事にした。回数は決めていいと言われ6回勝負にした。
したはいいが同点引き分けになり無効にしようとしたら文人がどちらのいうことも聞こうと言い出した。

「触れるな」

文人が指先で頬を撫でる。言うと結った髪に触れて下へと伝い毛先を弄んだ。
文人は以前同様私に自分の膝に座るよう指定してきた。渋々横を向き座っている。

「奇数にすれば勝負はついた……なぜ」

二枚の紙を見つめ呟きかけて止める。

「文人、お前はわかっていて勝負をしたのか」

文人はやはり笑うだけ。私は文人にいいと言うまで話すなと指定した。だから話さないのも当然だが話そうが話せまいが文人の反応は変わらない気がした。
私が書いた紙とペンを手にし文人に差し出す。
文人は首を傾げるが意図がすぐにわかったようで受け取った。

「何だ」

文人が押さえるように私の肩を抱くと前のめりになる。
机に目を向けると紙が置かれていて文人がペンを手にして指した。
書きにくいからこの体勢になったと言いたいのだろう。
腕の中にいるせいか文人が書き出すと自然と距離が更に近くなる。目の前にある顔をじっと見つめていると文人がこちらを見た。

「書けたのか」

紙を見ると文字が書き足されていた。

“楽しいよ。小夜に触れて”

「……違う。これは先程訊いたことだろう」

怒るどころか少し呆れた。先程言ったことに返答は求めていなかった。楽しいかなど改めて返さなくていい。
再び文人が前のめりになり書き出した。
体勢的にやはり目の前に顔がきて見つめる。気づけば文人の身体に寄りかかっていて文人が体勢を戻して気づいた。

「またか」

書くには長いためまた求めた返答ではないことがわかりながら紙を見遣る。

「……装飾に凝らなくていい」

器用なことにそれほど大きな紙ではないのに絵を描いていた。洋菓子の絵を。そこには“やっぱり赤基調で可愛い見た目がいいかな?”と書き添えられていた。
再び文人が書く。紙面を埋めてしまったため裏にして書いていく。
だが前途のような関係のない話ばかりだった。絵もなく長くない文でも時間がかかる時があり気づけば文人の横顔を見つめながら寄りかかってしまう。
綺麗といったようなことはわからない。だが文人の顔は整ってはいるのだろう。そして底が見えない性格ゆえにそれが更にひきたたせる。
今は以前感じたものはなく何となく楽しそうに感じた。それを眺めるのが好きなのかもしれない。

「触る、な……文人」

体勢を戻すと共に肩を再び抱かれる。寄りかかった体勢のままになってしまい逃れようとすると目の前に紙が掲げられた。

“小夜から寄りかかってくれて嬉しいよ”

わかっていないはずがないとは思っていたが、わざと書く時間を長くとっていたとは思わなかった。紙を見てそれがわかる。
紙面は埋め尽くされもう書ける空白はなかった。

「偶数だと引き分けるかもしれないと指摘しなかったのではなく、引き分けるようにした……」

紙が取り払われ机に置かれる。

「わけではないんだな、文人」

文人はやはり笑うだけ。策も講じられたろうが私にわかってしまえば無効になる。だから賭けたのだろう。引き分けになればいい、と。
なぜ引き分けにしたかったのかまではわからないが。

「文人……もう、話していい」
「もういいの?」

頷いて肩を抱かれるままに文人に寄りかかった。
会話はできてもやはり声が聞こえないと寂しさを感じる。それは口にはしない。

「小夜」

文人が私の名を呼んで毛先を弄る。それを視界に入れながら微睡んだ。



H24.9.19