続々・捕喰


「いっそ人で言う食物のように互いの血がなければ餓死できれば良かったのにね」

真昼の陽光が窓から射し込み、小夜にあたる。小夜はその先を見つめるように窓を眺めていた。

「……文人」

こちらに顔が向けられ止めた足を踏み出す。
窓を眺める小夜をしばらく見つめていた。小夜は僕がいることを知っていただろう。

「何もないよ」

小夜に訊かれる前に制する。これでは何かあると言っているようなものだ。
小夜は怪訝そうな表情をしながらも何も訊かない。訊かれたくないと判断したのだろう。それか訊いても僕が答えないと思ったのか。

「小夜」

こちらに身体を向けた小夜の腰を引き寄せると数歩ヒールの踵の音が響いた。
身を屈めて小夜の首筋に顔を寄せる。
小夜は抵抗することなく佇んでいた。
首筋に歯を立て血を啜ったとしてもされるがままだろう。

「っ……何だ」

微かに舐めて離れると小夜が反応し呟く。
以前も同じように咬まれるのを待つ小夜をわざと焦らしたことがあった。あの時は結局首から血を得ることはしなかった。

「食べるならどこからでもいい」
「小夜がそんな事言うなんてね」

状況が状況だけに端から見たら別の意味に取られそうだ。ここには僕たちしかいないけれど。

「文人?」

腕に力を入れて腰と背を抱き、小夜を少しだけ持ち上げる。
小夜は小柄で身長も高くないからすぐに足が地につかなくなった。

「何がしたい」
「何だろうね」

首筋に顔を寄せたまま笑う。

「することがないなら下……っ」

唇を這わせ軽く噛むと言葉を途切らせ身体が強張る。捕獲時にあれだけ触れても反応のしなかったのが不思議なぐらいだった。

「食べる気がないなら下ろせっ」

怒っているのかどうかはわからない。けれど抵抗らしい抵抗はなく、構わずに首筋から耳に唇を這わせていく。

「ふみ、と……」

両腕が背中に回り服を掴む。気づかぬうちに体勢がほとんど屈んではおらず小夜を先ほどより更に持ち上げていた。

「何が、したい」

行動の意図を問われ顔を離し小夜と視線を合わせた。

「何だと思う?」

今度はごまかすようにではなく逆に問いかける。

「お前の中で答えはあるのか」
「あるよ」

正確にいえばわからなかったものが朧気に感覚的にわかったに過ぎない。
ある欲求を考えなかったわけじゃない。でも必要性も感じられなかった。
血を得るのが生への欲求、渇望でないならなぜ欲するのか。

『お前は一度覚えてしまった血の味を忘れられず、私以外のものでも欲するのか?』

以前小夜の問いにそれはないと答えた。簡単に答えは出た。小夜だから欲しい。それは小夜を見つけてからずっと変わらない欲望だった。

「……私にはわからない」

小夜は視線を逸らし宙にさ迷わせる。
顔を寄せると視線が戻り目を閉じる。唇を重ねても小夜は抵抗しない。幾度しても受け入れる。時には小夜から重ねる。

「こうして触れたいよ、小夜」

唇を離し告げると開かれた目が僕を見つめる。

「お前はずっと私に触れている」
「ずっと触れたいからここまで来たんだよ」

『私に喰われたいのか』

「そうできるなら食べられてもいいよ」

以前の小夜の言葉が過り続けるように言葉にする。

「私の血肉になったところで触れはしない」
「でも一緒にはいられる」

意識はなくなっても最後は小夜を感じて終われる。それが小夜の糧になるならそれでいい。

「怒ってるね」
「怒りはない」

否定はしても眉間に皺が寄っていた。
これ以上密着できないほど抱き寄せてるのに更に腕に力を込める。
同時に背の服を掴む小夜の手にも力がこもる。まるで互いに離れないようにしているようだった。

「私は……」

言いかけて止まりやがて眉間の皺がなくなり眉が下がる。
しばらくの沈黙のあと小夜が口を開いた。

「……触れられないのは悲しい」
「……僕に?」

思わず訊き返しても小夜は答えなかった。

「これ以上触れてもいいなら……」

触れたいとは口にはできなかった。
それが欲求なのだと自覚していたから小夜に告げて拒まれれば僕は今までより触れなくなる。自分の思考に笑ってしまう。
小夜が今までよりも近くにいるようで距離感がわからなくなる。そばにいたいのに距離を保つ。小夜が遠ければ今までのようにできるのに。

「文人」

呼ばれ我に返ると小夜の唇が重ねられた。服を掴む手が握りしめられる。離れない唇を食むと返すように食まれる。
初めてではないにしても今の流れでの行動ではまるで受け入れたかのように感じてしまう。
薄く開いていた瞳も互いに閉じる。同時に小夜の履く靴が床に落ちた音が響いた。



H25.1.5