織り成す


私が此の世で生きて何年経ったのかはわからない。でももう人の寿命はとうに過ぎた年月は過ぎていた。

「はぁ……はぁ……」

路地裏に駆け込み身を潜める。
すぐに多数の走る音が聞こえ身体が強ばる。

「化け物はいたか!」
「いない、化け物なだけに何かおかしな力があるかもしれないな」
「見た目は小さな子供でも何年も変わらない子供だ。何するかわからねぇ」
「早く探せ!小夜を殺せ!」

身体を大きな音が脈打つ。また多数の走り去る音と共に辺りは静かになった。

「……ここにはもういられませんね」

数年過ごした町。また移動しなければ。
私は死ぬことはない。それがわかればまた私の地肉が何に使われるかわからない。人の世を乱しかねない。

「行きましょう……」

自分を奮い立たせるように呟き立ち上がる。
町の出口に向かって走って行った。

この町で引き取ってくれた家庭もいい人達だった。最後まで私を庇おうとしてくれた。

『私が脅かし、無理矢理居座っていたのです。もうここに用はありません』

お礼も言えなかった。最後まで私を見ていてくれた人達。ごめんなさい。

町の出口に近づくと私の名を叫び追いたてるような声が聞こえる。
わざと一直線に出口には向かわずに曲がると出口付近にいた人だかりが私を追ってくる。
止まらずに走っている、つもりだった。

「っ……」

足に痛みを感じる。
人が争いの中生み出した弾の飛び出る武器にやられたのだとわかる。
それでも止まれない。

「……?」

やはり走っていたつもりだった。
でも喧騒は止み、辺りは靄に包まれ歪んでいた。

「ここは?」

私は夢を見ているのだろうか。それとも私が本来いなければいけない場所に来てしまったのだろうか。

「いたっ……」

撃たれた足が痛み膝をつく。まずは傷が治るのを待とう。
回復を早めるためにもその場に踞り膝を抱え眠りについた。


目を覚ませば見知らぬ建物内だった。
状況がわからずにいると知らない男性が私の名を呼んだ。
私が小夜だと知っているということは逃げなければいけない。なのに男性からはなぜか逃げられなかった。穏和な雰囲気とは対称的に感じる強い力。逃げてもきっと捕まえられてしまう。
戸惑いの中行動に移せずにいると男性は私を抱き上げ歩きだした。

「はい、どうぞ」
「……」

どこかからか戻ってきた男性は液体の入ったお皿を私の前に出した。湯気が立っていて温かいスープだとわかる。
男性と皿を交互に見つめ俯く。私に危害はくわえないとは言ったけれどその言葉を信じていいのだろうか。
男性は私の斜め向かいの席に座り、置いたスプーンを取りスープを掬って私に向けた。

「小夜ちゃん、口を開けて」

どうするか迷っていると男性がスプーンを口に含んだ。その行動に驚いた。
もう一度スープを掬い向けられ、スプーンを見つめる。同じものを食べたということに安心感と供に食事ができることに感じ恐る恐るスプーンに口をつけた。

「美味しい?」

訊かれ、身体を包むような温かさを感じ頷く。
そのあとスープがなくなるまでたまに男性は自分も食べながら、私に食べさせた。


「はい、できたよ」

背後から声がして二つに結わえた髪を前に出される。一つに束ねたことはあっても二つにするのは初めてだった。

「ありがとう、ございます……」

すぐ横にある男性の顔を見て結んでくれたお礼を言うもすぐに俯く。

「ひゃっ」

身体が浮き上がったかと思うとすぐに下ろされた。
男性が椅子に座り膝の上に私を載せる。男性に視線を向けると微笑まれた。

「このまま僕と一緒にいようか」
「このまま……?」
「うん」

私の頬を指の背で撫でる。とても心地よく全てを任せたくなってしまう。酔うような感覚だった。

「……ここはどこなのでしょう?」
「どこだろうね」

酔うような感覚に今まで出会って別れた人々の姿が過り醒める。
ここはもしかしたら男性と私だけしかいないのだろうか。

「君は人のものではない力のせいで人から迫害されている」
「はく、がい?」
「傷つけられたり良くないことをされてるよね」

やはり男性は私の存在を知っていた。
男性の言葉に顔を俯かせる。
今までのことを思い浮かべ沈黙する。男性の肩から手先へと触れてくる手は心地良い。

私は逃げていてここに迷い込んだ。そして独りきりにならないように男性が私の都合よくいた。
夢なのだろうか。私はここに男性といればもう人から逃げることをしなくていいのだろうか。
私が逃げていたのは人が怖かったからではない。私の存在が人に影響を与えてしまうから逃げなければいけない。
私はまだ人を守れるだけの力がない。この力を使いこなせない。
彼の世から出てくる異形のものとの戦いも苦戦する。それでも私は、私に温もりをくれた人を守りたい。

しばらくの沈黙のあと私は左右に首を振った。

「良くないことばかりではありません。人は……時に私に笑いかけ温もりをくれます」
「逃げていたのに?」
「それも仕方ない事です。私は本来こちらにいる存在ではないのですから……」

諦めともとられるだろう。でも理に反して此の世にいる私が多くを望めはしない。望んでいいわけがない。
私は人が好きで此の世に留まっているのだから。

「っ……」

男性が後ろから私を抱き締める。突然のことに驚きながらも男性の温かさに安心し身を任せた。


「ここを真っ直ぐ歩いていけば元の場所に戻れるよ。多分ここに迷い込む前の場所だから逃げていたらならすぐ走ったほうがいいかもね」
「ありがとうございます」

抱き上げて廊下を歩きながら説明してくれる。前には先の見えない廊下があった。

「小夜ちゃん、戦うなら刀がいいよ」
「かたな?」
「鋭い切っ先の武器で君には一番使いやすいみたいだから」
「わかりました」

確かに古きものに致命傷を与えるには鋭利なものがいい。男性の言葉に頷くと頬を撫でられてから下ろされた。
男性は膝をついて頭を撫でてくれる。最初に会って私が動かずにいるとこうして撫でてくれた。
頭から手が離れ男性にお礼と別れの意味を込めて深くお辞儀をした。
男性が微笑んでくれて私は背を向け歩きだす。

「お名前を訊いてもいいですか?」

気づけば振り返って訊いていた。短い時間でも男性は確かに私を見て、接し、温もりをくれた。
だから名を知りたかった。

「……文人」
「ふみと?」

一瞬躊躇いながらも呟く。

「文人だよ。またね、小夜」
「はい!」

聞き返すと今度ははっきりと教えてくれる。
頷いて背を向け走り出した。また、と言ってくれたことを嬉しく思いながら。


「……っ!?」

私の名を叫ぶ声が耳に入り我に返った。
出口はもうすぐそこにある。町を出て森に入り一気に抜けてしまえば大丈夫だろう。

「……ありがとうございました」

町を出る瞬間にこの町で私に優しくしてくれた人々に聞こえない言葉を呟く。
足を撃たれたような気がするのに痛みはなく私は次の見知らぬ場所を目指して駆けた。



H25.2.7