猫
日中。廊下を歩いていると強い視線を外から感じた。
足を止めて窓を見遣ると小さな二つの瞳と視線が合った。
「……猫か」
木の枝に座りこちらを見つめ続ける黒い猫。
しばらく見つめていると軽い身のこなしで地に降りて行った。
気にかかり、足を屋敷の出入口へと向けた。
この屋敷に来てから一度も外に出た事はない。私はこの生活を受け入れた。だがふとした時それでいいのかと考える時がある。
「文人……いないのか」
出入口に向かう前に食堂を覗いて見たが文人の姿はなかった。
ここにいることが多くあとは文人か私の部屋だろう。
しばしその場で思案したが足は戻さずに出入口へ向けた。
文人も私と同じものとなった。ならば死ぬ事はない。だからずっとこの屋敷にい続けるというのか。
わかっていた。自身が何をしたいか、何をすべきで此の世にいるのか。それを口にすればどうなるのかがわからずに言えないままでいる。
私は文人と関わりすぎた。
鍵はかかっていなかった。文人の事だ、術で結界でも張っているのだろう。誰も訪れないように。
外に踏み出し久しぶりに土を踏んだ。数歩歩いて踵の高い靴では歩きにくいとわかり脱ぎ、靴を手に持ち先程の木の下へ向かう。
もし口にすればこの生活は終わり、文人はまたひとに危害をくわえるかもしれない。
「違う……」
違和感を感じ否定を口にした。
最初はそうだった。今はこの時を尊く思い手放す事を恐れている。
だから言えなかった。なのに私は外へと出ている。文人は私が外へ出ることに関して何かしらあるようだった。出る事を禁じているわけではない。だが出てほしくないように思えた。
「いない」
先程の木の下に佇み辺りを見回してみても猫はいなかった。
見上げてみてもやはりいない。木々の隙間から差し込む日差しに目を細める。
「っ……」
突然強い視線を感じ見下ろすと黒猫が私を見上げていた。
この場所にいる時点で普通の猫ではないと予想はできる。
「何だ」
問いかけてみても反応はなく凝視されるだけ。
私も逸らす事なく黒猫を視界に捉え続けた。
「猫と見つめあってどうしたの?」
緊張感のない声が聞こえ振り返る。
1階廊下の窓を開きこちらを眺める文人がいた。
「猫がいた」
「いるね、お腹空いてるんじゃないかな」
言いながら窓から離れすぐに小皿を手に戻ってきた。
「普通の猫ではないみたいだから食べさせても平気だと思うよ」
「何だこれは」
「お昼の余り。小夜もさっき食べたよね」
そんな事を訊いているわけではないと言いかけて諦め小皿を受け取る。
黒猫の前に膝をつき小皿を置いた。
「そこの男が作ったものだ。私も先程食べた」
黒猫は小皿に顔を近づけすぐに食べ始めた。やがてすぐに食べ終わる。
「迷い込んだのかな」
「そんな事があるのか」
「どう繋がっているかわからないから。小夜の知り合いとかではないの?」
言われて見上げる猫の顔を凝視しても覚えはなかった。
空になった小皿を取ろうとすると手に顔を擦りよらせてくる。
「……なつかれたみたいだね。もしくは元々なついてたのかな」
顔を離し再び見上げてくる猫の頭に手を伸ばしそっと撫でた。目を細めて撫でられる姿に少し懐かしさを感じる。
手を離すと背を向け森の中へと行ってしまった。
「はい、小夜」
「何だ」
立ち上がると文人が両手を広げる。
「中に入らないの?」
「窓から入る必要はない」
「窓から入らない理由もないよ」
無言の抵抗を試みるも文人も諦める様子がなく渋々窓に近づく。
すぐに脇の下に手を差し入れ持ち上げられ足を折り曲げ屋内に入った。
「降ろせ」
「足を洗いに行かないとね」
床に降ろさずに抱きかかえ文人は歩き出す。
抵抗する気もなく運ばれていく。肩越しに開かれたままの窓が目に入った。
H25.4.13