感覚


小夜は廊下の窓に指先で触れ、外を眺めていた。
僕が近づいても微動だにせず外に視線を向ける。声をかけないまま小夜が映すものを確認しようと窓に目を向けると雪が降っていた。

「年も明けたから雪が降る時期だよね」
小夜が顔だけ振り向き見上げてくる。
「年が明けたということは一月か」
「そうだよ」
「時を示すものが何もないから今がいつかわからない」

何か不便があるのかと問いかけようとしてやめる。小夜も無意識に口にしていることがあり、問いかけてもわからないと答えることがあるからだ。

「文人に辿り着いた時も雪が降っていた。あの時は12月だった」
「東京にしては早めの雪だったね。初めて会った時も雪が降っていたし冬に縁があるのかな」

短い時間だった。それでも生きてきた時間では小夜を見つけて過ごした時間が生を感じていた気がする。そして小夜とは違う生き物なのだと実感させられた。
今は小夜に近い存在になったけれど同じになれたかはどうかはわからない。

「死なないけれど感覚は人と変わらないよね」

自分の手を開いたり握ったりしてみる。

「痛覚もあるから辛い。雪も冷たくて冬は寒いと感じる」

なってみると中途半端だ。いっそ何も感じなければ良かったのかもしれない。

「感覚があるから生きていられる」

小夜の言葉に顔を上げた。小夜の時間はあまりにも長すぎる。だから今の小夜がいて、ここにいるのだろうと過ごしていてわかり始めていた。
同じには到底なれない。
頬に触れれば微かに温かい。柔らかく滑らかで、綺麗だ。僕を射抜くような瞳も全て。

「小夜?」

頬に触れていた手を掴まれて歩き出す小夜に引っ張られる。

「外に行く」

握った小夜の指は窓に触れていたからか冷たかったけれど僕の手で温められている気がした。


文人の手を引いたまま玄関から外へ出ると冷たい外気を肌に感じた。
長い時を過ごしてきて雪は珍しいものではないし、歩みを鈍らせるものとして認識し先程のように感慨深く見ることもなかった。
雪を見て思い出す記憶があるからだろうか。

「不死になりたがる人間は昔からいるけれど、そういう人は死ぬような目にあっても死なないのがいいのか痛みも感じずに死なないのがいいのかどちらなんだろうね」

文人はあの実験室の時から独り言のように話しかける。会話を求められているのかいないのかは判断ができない。文人もどちらでもいいのかもしれない。でも文人という人間を短い時間の中で多少知ることはできた。理解することは決してないが。

「ひとの考えることは各々違うとお前も知っているだろう」
「そうだね。でもね、小夜、そんなことを考える人間の大半は後者だと思うよ」

卑下しているわけでもなく観察結果を淡々と告げる。
否定はできない。沢山のひとを見てきて思い当たる節があるからだ。

「否定はしない。そうではないひともいるかもしれないしいないかもしれない」
「それがひとだからね」

見上げると空は雲に覆われ、息を吐くと白い息が漏れた。

「浮島はもっと積もるよ」

浮島の風景が浮かぶも私は夏の風景しか知らず、白い雪に埋もれたあの地を浮かべられない。
いつか訪れる日が来るのだろうか。想像のできない夢の地に思いを馳せながら握る手の温もりを感じていた。



H26.1.8