aeon:1


ぼんやりとソファに仰向けに寝転がり電灯を見つめる。装飾の施された電灯は橙に屋内を染めいつか見た夕陽を思い出した。

「いつ……」

声になったのかもわからない。いつ見たのだろう。私の記憶ではこの部屋以外の出来事はないはず。この場所も時代もわからないような部屋。

「ただいま、小夜」

扉の開く音がして声が響いた。

「寝てたの?」

体を起こさずにいると声の主は私を見下ろしていた。

「……ふみと」

唯一知る自分以外の名前を口にすると文人は微笑んだ。
視界から姿が消えるとよく知る香りが漂いゆっくりと体を起こされる。目の前のテーブルにカップが置かれた。

「目、覚めるよ」
「ねていない」

そう言いながらも手はカップを取る。暗い色の液体に自分の姿が映る。目を閉じ香りに身を委ねようにしばしそうしたあとに中身を口に含んだ。

「どう?」

カップから口を離すと問われる。味はわからない。でも好ましい。飲むと落ち着く飲み物だった。
手から力が抜けカップが膝に落ちた。熱いと感じても私は動かずに液体が白い服を染めていくのをただ見つめていた。赤など混ざっていないのに赤黒く見えてくる。

「小夜、すぐに冷やさないと」

大丈夫だと告げる前に立ち上がるとカップが床に落ち割れた。
文人はカップには構わずに私の衣服を脱がし始める。
文人越しに先を見つめる。橙色の屋内。知っている景色に知らないはずの景色が重なる。


私は敗者。だから知らない。ただここで文人だけを覚え続けて生きる。


夕陽が射す境内に断末魔が聞こえる。共に過ごした者達を殺す私が見た風景。敗者となった瞬間の記憶は消えない。顔はぼやけ夕陽が遮り一面が赤く染まる。声も反響して聞こえない。
地面に広がる赤に雫が落ちる。それを見つめても雫は赤に呑まれた。映るのはひとを斬り赤く染まった自身。
そんなものから落ちる雫は何色なのだろう。赤いのだろうか。
呑まれてしまっては確かめる術もなく水音を立てその場に倒れ込んだ。漏れた声は自身にもわからず近づく水音に掻き消される。

「敗者には罰を」

頭上からの声に目を閉じる。
勝者には褒美を。そう心の中で唱えて。


「小夜、痛い?」

小夜の衣服を脱がせている途中虚空を見つめていた小夜の頬を涙が伝った。落ちる前に指で拭う。
問いかけると小夜は何も答えずに僕を見つめる。

「ふみと……」

今の小夜はほとんど会話はできない。ぽつぽつと言葉を発するだけ。その大半が僕の名前だった。
白のワンピースの留め具を全て外し降ろした。下着はつけていない。

「腿冷やさないとね」

抱き上げてベッドへ向かう。自然と小夜の腕は首に回される。僅かな距離を運び降ろして体を離す。手早く袋に氷水を入れ小夜の赤くなっている腿にあてる。

「つめたい」
「冷やしてるからね」

見上げると涙を流してはいなかった。頬には先程の流れた筋ができていて確かに泣いたのだとわかる。
しばらく冷やしていると小夜の手が袋を掴み腿から離した。もう赤い跡はない。綺麗な白い肌に触れると酷く冷たくて今度は手のひらをあてる。次第に同じ体温になっていくのを感じ離した。
再び見上げると小夜はただ僕を見つめていた。

「次は何を着ようか。洋服が続いていたから和服にしようか」

立ち上がり部屋にあるクローゼットから着物を取り出し羽織らせる。赤を基調とした着物は小夜に似合っていた。
先ほどは全て見えていた白い肌も今は赤に覆われて上半身は少ししか見えない。それもまた映えて綺麗だった。

「綺麗だね、小夜」

頬に手をあて親指で唇をなぞる。幾度となく触れた唇、頬、胸、足、全て。
出会った時から、見つけた時から小夜は変わらない。僕が生まれる前から変わらないのだろう。
この部屋に小夜を囲いながらも本当にこの部屋に囚われているのは僕なのだろう。ここだけが唯一の場所。世界。
勝者の僕には褒美である小夜を。

「ふみと」

僕の名を呼ぶだけでいい。変わらない君と共にいる。それだけでいい。


H26.7.10