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そしてまた昭和58年6月を迎えた。


「梨花!梨花!」

帰宅途中に羽入が後ろから追いかけてくる。
浮いて移動してるのだから私を追い越すなんてわけないはずなのに、羽入は私を追い越さない。

「梨花、いいのですか?」
「何が?」

苛立っていた。それを隠す事なく態度に現す。
足を止めると羽入は私の横で止まった。

「学校には行ってるでしょ」
「違うのです!圭一が来てからもう一週間なのです。もう時間がありません」
「綿流しの儀式の練習だってしてるわ」

羽入には視線を向けずに誰もいない道の先を見つめた。
横には羽入がいるけど端から見れば私は一人だろう。

「違うのです!」
「何がよ!もう沙都子もいないのよ!?私にどうしろっていうのよ!」

羽入に顔を向けて声を荒げる。羽入は驚いた顔をしながらもすぐに冷めた顔を見せた。

「何よ。私が見殺しにしたっていうの?わかってたわよ。私が一緒に暮らそうって誘わなければ沙都子がどうなるかなんて。でも私はもう誰とも関わりたくない」
「でも梨花は沙都子がいないと今嘆きました」

沙都子は死んだ。入江が酷く落ち込みながらも私に告げた日を思い出す。慰められても知ってた結末に結局変えられない現実をつきつけられただけで無気力になっていった。

「前にも圭一は死にました。初めてではないのに」
「でも私が助けを求めなければあんな事にはならなかった。その瞬間を覚えてない事が一番悔しい……」

俯いてしまう。本当は泣きたかった。でも泣いてもどうにもならない。ただ待つ事しかできない。

「圭一は撃たれて死にました」
「はにゅ、う?」

冷たい声音に顔を上げると冷めた瞳と視線があった。
普段共にいる少女の面影はない。同じ姿の別人のような感覚だった。

「もっと細かく説明したほうがいいですか?撃たれてから何分後に死んだのか、梨花が死ぬまでどんな状態だったのか」
「どうして?」
「梨花がどうして死ななければいけないのかわかりません。ですが、もしかしたら……」
「羽入?」

羽入が瞳を閉じると雰囲気が和らいだ。
再び瞳を開けるとさっきのような冷たい印象は受けなかった。

「梨花がいなくなったあともこの世界は続いていきます。梨花が自暴自棄になれば最悪な結末を迎えてしまうかもしれません」
「最悪って?」
「……わかりません。梨花」

何かと問いかけようとして羽入の視線が後ろに向けられている事に気がついた。

「あれ?えーと、梨花ちゃんだっけ?」

後方から歩いてきたのは圭一だった。
この世界ではクラスで挨拶をするぐらいで親しくはない。
沙都子がいない事で部活もなく、転校後はレナと魅音とよく一緒にいるのを見かける。

「古手梨花なのですよ、にぱー☆」
「よかった。あのさ、道に迷ってて場所教えてもらえないかな」
「雛見沢は広いから仕方ないのですよ」

圭一と二人で話すのは前の最後以来だった。
圭一に守られた時までの記憶しかなく、結末を知らない事に罪悪感を感じた。

「神社があるらしいんだけどここからだとどう行けばいいのかな?」
「神社、ですか?」

神社と言うと古手神社に違いなかった。
今まで圭一が一人で神社に来るのは綿流しの手伝い以外にはないはず。

「見ておきたくてさ」
「神社ならボクと一緒なのです。案内しますですよ」


「何もない神社なのです」
「何もなくないのです!何もなくないのです!」

古手神社までの階段を上りきる。羽入がいつもの調子で割り込んでくるが目線も向けずに流す。

「どうして圭一はここに来たかったのですか?」

賽銭箱の前で並んで、見上げている圭一を見上げる。

「引っ越してきたからにはやっぱり挨拶しようかなって」
「挨拶ですか?」
「何て、綿流しっていう祭の準備を手伝えって言われて下見にきたのが目的なんだけどさ」
「ついででも来てくれて嬉しいのです。ついでにシュークリームをお供えしてくれたら大喜びなのです」

ちょっと黙っててと横にいる羽入に視線を向ける。羽入はあぅあぅ言いながら物陰に隠れてしまった。本当にいつも通りだ。さっきのは何だったのだろう。

「梨花ちゃん」
「は、はい」

突然呼ばれて驚く。顔を圭一に戻すと目があった。

「でも梨花ちゃんと会えたからよかったかな」
「何か用事があったのですか?」
「そういうわけじゃないんだけど……あまり話せてなかったからさ、話せてよかった」
「……圭一はボクと話したかったのですか?」

無意識にトーンが下がる。
私の問いに圭一は少し間をあけて私を見つめてから笑った。

「そうだな。話したかった」


圭一を見送って数十分。私は境内に佇んでいた。
鳥居をくぐって笑いながら手を振る圭一をいつまでも見るように。

「羽入、圭一が後ろから来る事わかってたでしょう?」
「な、なんのことですか?」

ふよふよと物陰から出てきてわかりやすくしらばっくれる。

「私がいなくなったあとどうなるかなんてわからない。私自身がどうなるかわからないのに」

あえて追求せずに羽入に語りかけるように呟く。

「梨花は見たくないのですか?」
「見たいわよ。何回同じ事を繰り返せばいいの。何回圭一にはじめましてって言わなきゃいけないの」
「梨花は寂しがりやなのです」
「そうよ、一人でいる事さえままならない」

また私はこの世界からいなくなるだろう。
でも結局諦められない。

「何もしないままでは終われない」
「はい」

まだ出口は見えない。ないのかもしれない。
それでも探し続ける。この先を迎えたいから。



H24.2.27

無限回廊:2
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