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毎回違う道を探しているはずなのに辿りつく場所は同じ。
出口なんてないのかもしれない。

「梨花、もうすぐで……」
「わかってるわよ。黙ってて」

もうすぐで綿流し。指摘してくる羽入に焦りをごまかすように遮った。
周りでの暴走は今回見慣れない。沙都子の叔父も帰ってきていない。
でも私はまた死を迎える。原因もわからないまま、次の雛見沢で目を覚ます。

「梨花、今回はどうするのですか?」
「黙っててって言ったでしょ!」

つい大声を出してしまい、あぅあぅ言う羽入から目を逸らした。
ずっと考えていた。今回は違う事をしてみよう。正確には雛見沢の人間ではない人に頼ってみてはどうだろうと考えていた。
以前園崎家ならば大丈夫なんではないかと思って理由をつけて泊まりこんだ。でも結果は変わらなかった。
それならどうしたらいい。

「梨花?荷物をまとめだしてどうしたのですか?」

羽入は私がやる事にこうして問い掛けるだけ。はっきりとした助言はしない。それがたまにいらついた。
本当はあんたには私を殺す奴らが見えてるんじゃないの?出口への地図を持っているんじゃないの?
そう問い質したかった。
でも羽入は自分にはわからないと言うだけ。

「行くのよ」
「何処にですか?」

私は羽入の問い掛けには答えずに、沙都子に書き置きを残し家を出た。


「圭一〜!お友達よー!」
「はーい!」

私はすぐに前原家を訪れた。いなかったら出直すようかと思っていたらいるようだった。
すぐに階段を駆け降りてくる音がして圭一が顔を出した。

「こんにちはなのです」
「梨花ちゃん?」

いつものように挨拶すると圭一は戸惑いながら私の顔と私が持つ大きめの鞄を交互に見た。
私が一人で圭一を訪ねる事は少ない。だから不思議に思っているのだろう。

「圭一にお願いがあるのですよ」

回りくどい事はせずに私はいつもの笑顔を消して話し出した。


「まあその、何もない部屋だけどさ」
「思春期の男の子の部屋にはナニがあるに違いないのです」
「な、ナニって何!?」
「ボクの口から言わせようなんて羞恥プレイをするつもりなのですよ、にぱ〜☆」

盆に乗せたコップを圭一は私に差し出す。コップを受け取ったけどつい中身を見つめてしまった。見た目には麦茶にしか見えない。

「普通の麦茶だよ。砂糖とかはいれてない」
「圭一、さっきも言ったけど何も聞かずに私を数日ここに置いてほしいの」

先程玄関で話した事をもう一度口にする。
圭一の反応は先程変わらず困っているように見えた。わかっていた。
それでも何か違う事をしないとと私は焦る。でも圭一も子供だ。できない事のほうが多い。

「話を聞くなって訳ありって事だよな?沙都子と喧嘩でもしたのか?」
「違う。沙都子には古手の家に数日戻るとしか言ってないの」
「古手の家?」

それでも圭一が話を聞こうとしてくれたのが嬉しかった。
圭一は私の家の事を知らない。だから家は元はちゃんとした家があったが、今は神社の裏手にある小屋に住んでいる事を説明した。

「ならその古手の家じゃ駄目なのか?」
「駄目なの!」

このループがはじまってからすぐにやった事だった。ひたすら身を隠す。でも古手の家は私がすぐに行き着く場所だとわかってしまう。
古手の家の中で何度か隠れる場所を変えてやり過ごそうとした。その時の恐怖が過ぎってつい強く言ってしまった。

「……ずっととかじゃないんだよな?」
「ええ、数日。綿流しが終わって数日置いてくれるだけでいいの」


「梨花、どういうつもりなのですか?」

両親に話をしてみると圭一が下に降りてから羽入が話しかけてきた。
ずっといたのは知っている。不安そうに見ていたのも知っている。
でも不安なのは私も同じ。

「私が前原家にいるなんて考えつかないでしょ」
「でも……」
「圭一が雛見沢にくることが前提に違いないって結論になったじゃない!なら、その圭一が私を救う鍵でもいい」
「梨花、扉は確かに圭一かもしれません。でも鍵も一緒にあるなんて」
「じゃあどうしろっていうのよっ」
「梨花……」

必死だった。
何もヒントのない迷路に投げ入れられて、出口を探すのは困難。
私一人だけが必死な気がして羽入にあたるような口調になってしまう。
もう縋るような思いだった。だって私がこんなに必死になってるのに羽入は否定するように、今回も無理なんじゃないかと思っているかのように言うから。

「梨花ちゃん?」

思わず泣きそうになってしまった所に圭一が戻ってきた。
慌てて目尻をぬぐって笑顔を浮かべてから顔をあげた。

「ちょっと下に降りてもらっていいかな」


それから数日は早かった。
圭一の両親が突然仕事で数日家をあけるとの事ではじめは無理と言われたらしい。でも圭一が私は家事ができる事を話して、ならばと圭一の両親が帰るまで前原家にいていい事になった。
家事ができるといっても私は圭一より年下。圭一が粘ったらしく圭一の両親が苦笑していた。圭一がそこまでいうなら安心できるとの事だった。

数日楽しかった。
圭一は理由も聞かないでくれて、部活メンバーにも言わないでくれた。
圭一に話してよかったと思えた。
でも結果は変わらなかった。

綿流しから数日後、圭一の両親から明日戻ると連絡が来た。
両親が帰ってくるまでの約束だったからどうしようかと考えていたら、突然家の中が真っ暗になった。
すぐに家の中に数人の足音が聞こえて思考が停止した。

「圭一?」

圭一は私を抱きかかえてテーブルの下に隠れた。
私も圭一もどこかで無駄だとわかっていた。それでも圭一は諦めないでいてくれた。
強く強く抱きしめてくれた。

「け……いち?」

声が掠れる。
強く抱きしめていた腕の力が弱くなる。私は圭一の身体に包まれていて周りが見えない。
その分感じていた圭一の息を感じなくなった瞬間にわかった。

「ごめん……なさ……圭一」

ぎゅっとしがみつく。もうすぐそんな力などなくなるとわかってもぎりぎりまで圭一にしがみつく。私にもたれかかる力なんて気にならないのにやっぱり非力で圭一の身体はどんどんずり落ちていく。
身体さえ支えられなくて涙が流れた。
私は貴方を利用しようとしていた。焦って、必死になって、自分勝手に貴方を巻き込んでしまった。

「梨花……」

この数日ただ遠目で見つめてくるだけだった羽入の声が聞こえた。
圭一の身体がずり落ちて開きはじめた視界から羽入の袴が見える。
ただ佇んでいるだけ。
その足元は赤くなっていて、泣き叫びそうになって意識は途絶えた。

私は貴方の重みもあの赤くなった床も覚えていられない。
もしかしたら前にもあったのかもしれない。
酷くもどかしい。

私はまた迷宮から出られずに、何も覚えていられずに、同じ場所を回り続ける。



H23.9.24

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