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「未来は好きな人いないの?」
「はぇ!?」

中等部最後の夏休み。
親友から彼氏ができたと報告された日。街中を歩いて途中唐突に聞かれた。

「そんなに驚かなくても」
「姫ちゃんが突然聞くからだよ」
「でもそんな反応するって事はもしかして……」

変なところで勘のいい姫ちゃんから顔を逸らして前を見つめる。
この間、夏休みに入る前にも優子さんから似たような話題を振られた。
憧れている。
でもこれは恋なのかもしれない。ロマンチックなものはないけど、私は確かにあの人が好き。

「未来……」
「なに?」

姫ちゃんに腕を軽く引かれて見ると少し先を何だか怯えるように見ていた。
何だろうと同じ方向に目を向けて納得する。いや、ここは納得してはいけないんだけど。

「大丈夫だよ、姫ちゃん。顔は怖いけどいい人だから」
「聞こえてるぞ」

あちらもこちらも歩みを止めてなかったからか距離は大分近くなっていた。
先にいる男性が声をかけてきたからか姫ちゃんがびくっと身体を震わせる。

「あの人は私のお父さんだから大丈夫」
「え?」
「火村さん、どうしたんですか?」

姫ちゃんに小声で告げてから先にいる男性、火村さんに声をかける。
何やら両手に紙袋を提げていた。

「見てわかるだろう」
「買い物、ですよね?」

なら優子さんもいるはずと辺りをきょろきょろ見回してもどこにもいない。

「久瀬がまた突然来たんだ。だから買い出しだ」
「久瀬さんが来てるんですか!?」

思わず出てしまった大きな声に火村さんと姫ちゃんが驚いているのがわかった。
しまった。会うのは少し久しぶりだからつい反応が大きくなってしまった。
火村さんはやがて苦笑交じりに笑った。

「優子が未来を拾ってこいっていうから探してた。お前、携帯今日忘れただろう?」
「あ、すみません」

先程携帯を忘れた事に気付きいたけどもう帰るところだったから特に連絡はしていなかった。

「隣にいるのは友達か?」
「はい、羽山水姫ちゃん、姫ちゃんです」
「あ、あの未来……さんにはいつもお世話になってます」

掴んでいた腕を離してぺこりと火村さんに頭を下げる姫ちゃん。

「姫ちゃん、この人は私のお義父さんの火村夕さん」
「よろしく」

一言告げると片方の袋をがさごさとまさぐりはじめた。
そして中から水色のアイスバー二本を取り出す。

「はい、暑いから」
「ありがとうございます。姫ちゃんも」
「あ、あの、ありがとうございます」

受け取った二本のアイスバーの一本を姫ちゃんに差し出すと姫ちゃんはそれを受け取り、また頭を下げた。

「じゃあ俺はこれで。一応見つけはしたし、遅くなるなよ」
「はい、このアイスバーを食べたら戻ります」

去っていく火村さんの背中が見えなくなるところでアイスバーの袋を破った。

「姫ちゃん、溶けちゃうよ」
「うん」

姫ちゃんも袋を開け、アイスバーを軽くかじる。
止めていた足を帰路へと進める。

「優しそうな人だね」
「うん」

溶けかけたアイスを舐めながら渡してくれた時の火村さんの穏やかな顔を思い出す。
厳しいけど優しい人。怖い顔だけど優しい人。

「それで久瀬さんって誰?」
「ふぇ!?」

聞かなくてもわかっているような顔で私を見てくる姫ちゃん。いつもは立場が反対なだけに何だか悔しい。

「久瀬さんは久瀬さん。優子さんと火村さんの友達」
「という事は年上か」
「ち、違うよ!?違うからねっ」

はいはいと言われながら否定し続ける。
まだ恋なのか完全にわからない。私はただ憧れて、目標で、好きなだけ。
だから目標に辿りつくまで肯定しない。
今の私じゃ久瀬さんを振り向かせられないから。

「じゃあね、未来」
「うん。ばいばい、姫ちゃん」

分かれ道で分かれる。
姫ちゃんが背を向けて歩き出したのを見届けて帰路へと向き直る。
するとすぐ先に見知った人影があった。

「あれ、アイス食べちゃったんだ。ソフトクリーム一緒に食べに行こうと思ったのに」

その人が私に笑いかける。
素敵な音色を奏でるその人。

「まだまだ暑いから大丈夫ですよ!」

そう言ってアイスバーの棒を手にしたまま私は久瀬さんに駆け寄った。



H22.10.17

目標に辿りつくまで肯定しない
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