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クリスマスの夜。男二人で寂しく歩いていた。
「楽しそうだな」
「そう見える?」
隣を歩く火村が苦笑する。端からは寂しく見えるかもしれないが実際はそうでもない。そもそもクリスマスにカップルで歩いていれば寂しくないとも限らない。本人にしかわからない事だ。
「しかし俺まで呼ぶことはないだろう。それこそ二人で過ごしたらいい」
「それはほら、ミズキちゃんのご家族的にも火村がいたほうが安心だろうし」
「男二人で安心するわけがないだろう」
「あ、久瀬さーん!火村さーん!」
もうすぐで目的地というところで聞き慣れた声がした。
外に出ているとは思わず火村と話していて気づかなかった。
ある家の門前で大きく手を振る少女に後ろから現れた少女が話しかけていた。
「何をやってるんだか」
「お姫様は寒くても元気だね」
迎えに来たお姫様、ミズキちゃんは片手で口を塞いでいた。
「まあ、クリスマスだから多少は大丈夫だと思うけどね〜」
「すみません……」
会話が聞こえるぐらいまで近づく。
「中で待ってろと言っただろう」
「火村さんから電話を貰ってそろそろ到着するかなと思いまして」
「でも制服だけだと寒くない?って、話してるなら早く移動したほうがいいか」
ミズキちゃんは上着を羽織っていなかった。俺のを貸したいけれどそれをすれば止められてしまうだろう。
「なら動きにくいが俺のを着ていくか?」
火村がコートのボタンに手をかけながら聞くとミズキちゃんは大げさなまでのリアクションをとった。
「いいえ!大丈夫です!何なら目的地まで走っていけますから!」
「こんな時間に女の子を一人走らせられるか」
両手を強く付き出していた手から少し力がなくなるのがわかる。
「おーい、私もいるの忘れないでよ〜。何と!みやこちゃんの手には暖かいコートが!」
空気を変えるようにもう一人の少女みやこちゃんが明るく言いながらコートを掲げた。
「み、みやこ様!どうかそのコートをわたくしめに貸してはいただけないでしょうか!」
「ふふふ……何事にも対価は必要だからね。今度景ちゃん関連で何かやってもらおうかな」
「景先輩関連ならむしろウェルカムです!当たって砕けてもいいです!」
「……何だこれは」
「がーるずとーく?」
「適当に言っただろう」
「ばれたか」
女の子のやりとりは可愛いものだ。先程と変わった空気の中でミズキちゃんは有り難そうにコートを受け取り羽織った。ベージュの可愛らしいコートだった。
「しかしあれだね。スカートよりも長いコートだとスカート穿いてるのか疑問になるよね」
「ならんだろう。ロングコートもあるんだし」
みやこちゃんと別れ、本日の目的地に向けて三人で歩く。
男二人が並ぶ前をミズキちゃんが楽しそうに歩いていく。
「でもミズキちゃんが着てるのは丈がそこまで長くないのにスカートが見えない。その危うさがいいよね。ただし一人の時は着てほしくないけど」
「のろけたいだけかよ」
「あははっ、大丈夫ですよ。持ってるのはもっと短いショート丈ですし」
火村は呆れたようにため息を吐き、視線を先に向けた。
「いいのか?」
「ミズキちゃんの希望だから」
小声で火村が窺ってくる。
もうすぐでこの町にある教会だった。
「どうしてこの場所に来たんだ?」
誰もいない教会に入ると火村がミズキちゃんに訊ねた。
ミズキちゃんは真っ直ぐ進み見上げる。
「メリークリスマスって言いたかったんです。駆け寄って…笑顔で言おう、私に会いに来てくれるあの人に言おうって」
ミズキちゃんはここにきたところで意味がないことをわかっている。
雨宮優子の命日に亡くなった場所に来てももういないのだと。それでも彼女なりのけじめなのかもしれない。全てが繋がったとわかってから迎える初めてのクリスマス。
「付き合ってもらってすみません。行きましょうか」
しばし見上げたあと振り返るミズキちゃんに火村が歩み寄っていく。
「まだ言っていないだろう?」
「言いましたよ」
「口にしないとあいつは聞こえないと言い張るぞ」
きっと心の中で言ったのだろう。俺と火村を連れてきたのは少し不安があったからかもしれない。
教会に行きたいと言われた時に火村に訊いてもいいのか迷ってもいると言われた。火村はもう気にする必要はないと言ったらしいけどやはり言い出しにくいだろう。俺も全てを知ってはいないけれど火村がそう言ったなら気を使う必要はなく、むしろ今のミズキちゃんで伝えたいように言ったらいいのではないかと思った。
ミズキちゃんはもう一度振り返り見上げ口を開いた。
「メリークリスマス、優子さん」
表情は見えないけれど優しい声音に彼女の笑顔が浮かぶ。
「天使にはきっと届くよ」
火村の呟きも静かな教会にははっきりと響いた。
「そういえば22日が誕生日だったらしいな」
「はい!私も大人の階段を上りいつでも嫁げます!」
再び目的地に向けて歩く。火村に先日ミズキちゃんの誕生日だったと教えた。去年俺は知らずに過ぎ去り年が明けて誕生日を聞いたら先月だったと言われた衝撃を思い出す。
「何か欲しいものはあるか?」
「そ、そんな!いいですよ!」
「知ったら流せないだろう。高額な物でなければいいぞ」
「火村くん現実的〜」
「実現できないことを言うよりマシだろう」
「うーん……」
火村が引かないとわかっているのか悩み出す。引く時は引いてくれるけどある程度気心が知れると引かない。ミズキちゃんに対しては過保護な部分はあれど接し方は俺や凪に近いものがあった。
「火村さん、絵を描かれるんですよね?」
「一応な」
「描いた絵を見せていただけませんか?」
「そこは私を描いて下さい!じゃないんだ」
「それはちょっと悪い気が……」
「わかった。二人の絵を描こう。ただし人物画なんて久しく描いていないし苦手な部類だから期待するなよ」
「いいんですか!?」
「いいの!?」
ミズキちゃんと俺の声が重なり火村が驚く。
「久瀬、なぜお前まで驚く」
「いや、意外で」
「久瀬さん描いてもらった事ないんですか?」
「こいつは描いてもらうのも嫌がるし俺も嫌がった」
「火村に見つめられるの恥ずかしくってさ〜」
興味はあったが描かれたものに描き手の気持ちが現れる。それを見るのも少し怖くて冗談で頼みはしても本気で描いてもらおうとはしなかった。
「ちょうど俺からのプレゼントが服だからそれを着て描いてもらおうかな」
「火村さんが着て描くんですか?」
「この会話からどうしてそうなるんだ」
「俺からミズキちゃんへのプレゼントだよ」
渡す前に明かしてしまうのもどうかと思うが会話の流れから明かしてしまう。
そのプレゼント選びにも火村を付き合わせた。自分だけで選ぶとマニアックな方向に行きかねない。
「セーラー服ですか?」
「うん、言われると思ったけど違うよ」
「安心しろ。普段にも着れる服だ」
「わー!火村さんのお墨付きなら大丈夫ですね!楽しみです」
恋人よりも違う男の言葉に安心するのも複雑だがいつものやりとりで安心する。
「さっきから気になってたんだけど何でみやこちゃんの家で待ち合わせだったの?」
「プレゼントを明かしてもらいましたし私も明かしましょう!せっかく三人でクリスマスパーティーなので何か作ろうと思いみやこ先輩に手伝っていただきました!」
「蓮治ではなく?」
「そこはやはりプライドが……」
「さっきから持っているそれか」
火村の視線がミズキちゃんの持つ鞄に向けられる。一つは学生鞄、更にもう一つ持っていた。
「はい!グラタンパイです!味見もして保証済み!」
「それは楽しみだな」
「そろそろ着くね。ミズキちゃんの手作り料理があるってわかったらお腹減ってきたよ」
「私はぺこぺこです!」
「味見したのにか」
「ミズキちゃん結構食べるよね」
「ク、クリスマスなんですから気にするようなこと言わないで下さい!」
「誕生日パーティーも兼ねてるから料理たくさんあるしね」
「誕生日、って私のですか?」
「うん」
予想していなかったのかきょとんと首を傾げるミズキちゃんに頷くとすぐに満面の笑顔が広がった。
「ありがとうございます!」
目的地であるホテルが見えてくる。さすがに俺の家ではやる気に俺がなれなくてホテルになった。
「早く行きましょうっ」
「元気だな」
「そうやね」
ホテルの入り口に駆けていくミズキちゃん。
そのあとについていくように足を踏み出した。
H24.12.27
クリスマスの夜
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