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久しぶりにこちらの音羽を訪れた。
先に戻ってきている千尋とは毎日メールのやりとりや電話もよくしていたけど会うのが久しぶりでそわそわしてしまう。
どうにも落ち着かなくて待ち合わせの時間よりも早く出て、歩き慣れた町並みを歩く事にした。


しばらく歩いていると教会が見えてきた。
さすがにいないだろうと興味本位で扉を開く。

「お〜、蓮治じゃないか」

開く音に反応して振り返ったその人からは想像とは違う気の抜けた声が聞こえた。
見知った人ではあるが教会にいたのは火村さんではなかった。

「久瀬さん、何やってるんですか」
「何って……かくれんぼ?」
「は?」

一番前の椅子に座っている久瀬さんに近づく。
こちらの教会に来た事はなかったのに初めて来た気がしなかった。
多分同じ造りというだけではないのだと思う。
空気がそう感じさせた。

「そうか、蓮治がこっちに来る日だったか」
「そうですよ」

久瀬さんの横まで来ると上を見上げた。差し込む光が綺麗で、それに気付いてからあちらの音羽の教会によく行くようになった。
千尋と出会ってからはあの駅にばかり行っていたわけだけど。

「蓮治こそ何してんの?」
「散歩ですよ。千尋との待ち合わせまでまだ時間がありますから」
「そういうのは待ち合わせ場所でうきうきそわそわしてる時間が楽しいんじゃないか!」
「いや、力説されても」

確かに待つのは楽しい。
大概は僕の学校が終わるのを千尋が待っているけど、休日は先に待ってようとわざわざ早く行ってみたりする。
すると次の休日は千尋が早く来ていて、また次の休日にそれよりも早く僕が行ってを繰り返したらはじめに決めた待ち合わせ時間よりもかなり早くなってしまったっけ。

「おっ、千尋ちゃんの事思い出してるんだな〜?ニヤニヤしてるぞ」

からかうように人差し指で僕の身体を突いてくる。
それから逃げるように反対の椅子に腰掛けた。

「で、何してるんですか」
「だからかくれんぼだって」
「ここにいたか、久瀬」

久瀬さんが答えると扉が開く音がして聞き慣れた声が聞こえた。
扉に顔を向けるとこの場所に一番しっくりくる人物がいた。

「家の方で捜してるぞ」
「だからここにいるんじゃないか」

扉を閉めて話しながらこちらに歩いてくる。
二人のその会話から何故久瀬さんがここにいるのかわかった。かくれんぼと言ったのも何となくわかる。

「蓮治、もうついてたのか」
「はい、お久しぶりです」

軽く会釈をする。
火村さんはうっすら笑むと僕と同じように上を見上げた。
でもその瞳は目の前の光景を見ているには遠く感じられた。

「ダーリ〜ン!」

ばぁんと扉が開いて明るく大きな声が響いた。
その声もよく知る声。

「ちなみに彼女がお前の居場所を教えてくれた」
「ミズキちゃんに聞くなんてかくれんぼのルールを無視じゃないか」
「お前とかくれんぼをやった覚えはない」

軽い足音が響くとすぐにミズキが横に現れた。

「やっほ〜蓮治」
「ミズキは相変わらず騒がしいなぁ」
「相変わらずとは何よ!これでももう高校生なんだから」
「騒がしいミズキちゃんも好きだよ」
「久瀬さ〜ん」

語尾にはぁとがつく勢いで喜んでいるのを表すかのように声のトーンを上げるが、あからさまにテンションが落ちた。

「それ、褒めてないですよね〜」

今度は涙目で訴えかける。
コロコロと表情がかわるところも相変わらずだ。その明るさもいい所なのだけど。

「戻るぞ、久瀬」
「え〜、愛する彼女との逢瀬を邪魔するのか火村」
「安心して下さい!私も一緒に行きますから」

にっこりと告げるが久瀬さんは複雑なようだ。
すっかり久瀬さんの扱いに慣れている気がする。火村さんと組むと尚更タチが悪い。

「そうそう、蓮治」

久瀬さんを立ち上がらせ、腕にしがみつきながらミズキが僕に話し掛けてきた。
すっかり傍観者だったものだから反応が遅れてしまう。

「な、何?」
「千尋先輩、いるよ」
「へ?……え!?」

どこにと聞く前にミズキに視線で促され扉を見るとそこに千尋が佇んでいた。
久しぶりで、それと同時に不安がある。
あの駅以外で会えば僕が蓮治だと認識する事が難しい。だから写真を渡した。でもその写真に写るのが蓮治であるのはわかるが、久しぶりに会えば日記にある蓮治であるかがわからなくなる。他の写真を渡してこれが蓮治だと言えば、そう思うしかない。記憶の中に残す事はできないのだから。
だから久しぶりに会うのが少し不安だった。


千尋が戻ってくるまで待つ事もできた。いつもの場所で会えるのを待てばいい。
でもそれでは駄目なんだ。恐がるだけではなくて、千尋を信じたい。そして僕自身も信じたい。
これまでの一緒にいた時間を信じたい。

ゆっくりと千尋に近づく。
千尋が戸惑っているのがわかる。でもその場から逃げる事はせず、僕を見て、待っていてくれている。
騒がしかった声も次第に止み、千尋の前に立つ頃には静かになっていた。

「千尋、久しぶり」

目の前の愛しい少女に向かって笑いかける。

「千尋!?」

すると千尋は泣き出してしまった。鳴咽を漏らしながら片目から流れる涙を必死に拭う。
どうしたらいいのかわからなくて、行き場のない両手が千尋の前でさ迷う。

「ひっく……う……蓮治くん」

まだ涙は止まっていなかったけど、僕を再び見た千尋は微笑んでいた。
その微笑みに思わず、思い切り千尋を抱きしめてしまう。
後ろで何か聞こえるが気にとめていられない。

「蓮治くん!」

ぎゅっと抱き着く千尋を抱きしめながら千尋の名前を呼ぶ。

「会いたかったです」
「うん、僕もだよ」

身体を離して、千尋の涙を拭う。
千尋は嬉しそうに笑った。

「うんうん、千尋先輩に淋しい思いをさせるなんて蓮治は酷い!」
「そういう時はもう片時も離さない!とか言うもんだぞ」

後ろから近づいてきたミズキと久瀬さんがそんな事を言う。
すぐにその後ろから火村さんがやれやれと言った顔で続く。

「言わなくても離しません」

再び抱きしめると千尋から可愛い声が聞こえてくる。照れているけど嬉しいようなそんな声だ。

「さて、若い二人の邪魔はしてられないから帰るか」
「お供します」

ミズキは千尋に先に行く事を告げ、久瀬さんと共に出て行った。

「あとでな、千尋」
「は、はいっ」

火村さんは千尋の頭を軽く撫で、柔らかく笑う。本当千尋に対しての態度は違う気がする。
久しぶりに会ったせいか千尋は少し緊張した様子で返した。
火村さんとわかってはいても緊張してしまうんだろう。
火村さんは軽く手を上げて教会を出て行った。
賑やかだった教会にはもう僕達二人しか残っておらず、顔を見合わせて笑う。

「いこうか、千尋」
「はいっ!」

手を差し出すと、その手に千尋の手が重なり繋ぐ。
僕らも教会を後にした。

これから何度でも抱く不安なのだろう。
それでも一緒にいた時間の真実が僕達にとって確かなものだから、きっと笑いあう事ができる。



H21.5.30

一緒にいた時間の真実
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