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カフェのテラスに座り暑さを堪能する。堪能したいわけではないけどある事のために待ち合わせ時間少し前に訪れて外で待っていたりする。

「くーぜさーん!」
「お、来たかな」

遠くから名前を呼ぶ声がして人波の中を目を凝らして探す。
すぐに姿を発見できた。

「暑い日差しの中でもお姫様は元気やね」

暑い中待った甲斐があるというもの。本来なら恥ずかしいであろう自分の名前を大声で呼ばれる事が彼女がすることなら嬉しさしかない。

「あ」
「ひゃうっ!?」

制止する間もなくお姫様はずぶ濡れになってしまった。


「洋服買っても良かったのに」
「いえいえ、この暑さなら乾きますから!」

力強く腕なんか上げつつ横を歩くお姫様ことミズキちゃん。
運悪く店先の水撒きが盛大に体にかかってしまった。

「はぁ〜、でもせっかくテスト開けたのにこれだとお店に入れませんね」
「どこか行きたいお店あったの?」
「久瀬さんとぶらぶらしたかっただけですっ」

満面の笑顔でそんな事を言われたら何も言えない。何だか少し気恥ずかしくなってしまう。

「あ、照れてますね!」
「夏でも元気だね」
「ソフトクリームの美味しい季節ですから!」

話を逸らしても乗ってきてくれる彼女が好きだ。
しまいには鼻歌まで口ずさむ。テスト期間中は会わないようにし、電話だけという決まりを作った。だから会うのは少し久しぶりで夏らしくなってきてからは初めてだった。だから余計にご機嫌なのかもしれない。俺もそうなのだからよくわかる。

「じゃあミズキちゃんの家に一旦戻る?」
「ん〜、お店に入るならそうした方がいいですよね」

こうして歩いてるならミズキちゃんの家に行くぐらい大した事はないだろう。ミズキちゃんもそう思ったのか迷ってる様子だ。ふと周りを見て口にしていた。

「ここからならうちの方が近いか」

そうですねと返しながらも意図がわからずに首を傾げる。

「服、貸すよ」
「……それはつまり和服ですかね」
「そうなるね。甚平とか」
「よりにもよって甚平!?可愛いのもありますけど!何だか流行ってる気もしますけど!好きな人の前でおめかししたい私の気持ちはどこに!?」
「あっはっはっ」
「笑いごとじゃありませんよ〜」

相変わらず反応がいい子だ。可愛いから余計にたまにいじりたくいじめたくなってしまう。

「暑いのに騒がしいな」
「火村さん!」

背後から聞きなれた声がして立ち止まり振り返るとこれまた見慣れた男がいた。
火村はミズキちゃんの姿に一瞬驚き下から上に視線を向けた。

「やだ、火村くん。水も滴るいい女だからって」
「阿保か。ずぶ濡れのままで何してるんだ」
「自然の力をお借りして乾燥を……」
「全く。透けてるぞ」
「へ?あぁ!?」
「助かったよ、火村。人通りの少ない道選ぶようだったからさ」

ミズキちゃんは学校が終わってすぐに来た。つまり制服。白で薄ければ下着も透ける。
火村が手にしていた上着をミズキちゃんにかけていた。

「濡れてしまいました。すみませんまだ結構濡れてて」
「そんなこと気にするな」

下着が透けていたことよりもどうやら上着をかけられたことに驚いていたらしい。火村の手がミズキちゃんの頭を軽く叩く。

「透けてる彼女を見て涼むのも良かったんだけどね」
「さっさと行くぞ」

俺達を追い越して先に進み出す。ミズキちゃんと俺は同じように首を傾げていただろう。
来る気配がないのを感じたのか火村が振り返る。

「久瀬の家に行くんだろう?」
「あ、そうだった。ミズキちゃんに和装の良さを知ってもらおうと思ってたんだ」
「とてもさっきの会話からはそんな気配ありませんでしたけどね〜」
「ついからかいたくなるのは君が可愛くて仕方ないからだよ、ハニー」

わざとらしく手を取って甲に唇を落とす。

「そのまま離すなよ。ちょうど連れて来いと頼まれてるからな」

一瞬驚いていたミズキちゃんが使命感を帯びた表情を見せがっちり手を握られる。

「了解しました!さあ、行きましょう久瀬さん!和装の良さも知りたいです!」

引っ張られながら歩き出す。偶然かと思ったけど火村は俺を探していたのか。電話をしてこなかったのはミズキちゃんと会うと知っていて、見つからなければそれでいいと思ってたんだろう。

「暑いね」

嫌な暑さではない。繋がれる手も熱いけれどそれが生きていることを実感させてくれる。

「はいっ!」

彼女と笑顔と声に笑みを浮かべた。



H25.7.13

実感
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