novel top ▲
今日は私の誕生日。
「しかも日曜日!ですが夫は仕事……よよよよ」
朝早くに家を出た夕くんを送り出す際にやったように悲しむふりをしてみる。
「早く出て早く帰ってくるって言ってたじゃないですか」
朝食の片付けをしながら未来が笑う。
「きっと赤い薔薇100本どっさり抱えて帰ってきますよ〜」
「やだ恥ずかしい。でも嬉しい」
夕くんがやらないとわかっていて私も未来も話す。それだけで楽しい。
「久瀬先輩は10時過ぎに着くんでしたっけ?」
「は、はい?」
普段はあまり狼狽えない未来が久瀬先輩の話題を出すと狼狽えるようになったのはいつだろう。コンサートに行った少しあとだろうか。小さな頃から見てきて娘の成長をひしひしと感じる。でも久瀬先輩。我が子ながら難儀なものです。
「お迎えに行くんでしょう?」
「行きますよ。行きますけど」
私がからかう気満々と見たのか既に拗ねている。そんな未来の頭を撫でた。
「わわっ、何ですか」
「ふふふ〜、恋する乙女ですね。タックルですよタックル」
「タックル……」
撫でられながら未来は少し思案しやる気を取り戻したかのように両手を握った。
「火村未来!久瀬修一にいざ参らん!」
「女は度胸ですよ〜」
娘の励ましから今年の誕生日は幕を開けた。
「うわ、あっついな〜」
久しぶりの日本。わかってはいてもこの時期の湿度はきついものがある。
「少し早かったかな」
音羽の町を眺めながら呟く。待ち合わせ時間より少し早い。
「ん?んん?」
遠目に見えた人影が真っ直ぐ物凄い勢いで迫ってくる。
「え、えっとあれはもしかしなくても」
「子供?何だよめでたいな」
「ああ」
恒例の突撃電話をかましてやると反対にこちらが驚かされた。
「いつ産まれるんだ?」
「もういる」
「まじで!?」
今思えばおかしいことに気づくけど俺は仕掛けるのは好きだが仕掛けられるのはあまりない。つまり予測していないことに弱い。
「えーっと……おいくつ?」
「きゅうさい!」
元気な答えに火村の顔を見ると満足そうだった。まるで仕返しができたと言わんばかりに。
火村と優子ちゃんが孤児院出身なのは知っていた。でも養子を迎えるとは。でもまだ生計が建てられない状況では手続きだけ済ませ暮らすのは少し先だそうだ。施設には火村の妹である茜ちゃんもまだいて仲良くやっているんだとか。
「何でそんな抱え込むんだか」
「何でだろうな」
火村はそう返しても瞳は真っ直ぐ前を向いていた。何も抱えていない方が自分で全て終わるのに。何をやるにも身軽な方がいいのに。それが火村と俺との違いで俺は火村を気に入っているのだろう。
「くーぜーさぁぁああん!!」
養子となった娘さんは伸び伸び育ち数年前に一緒に暮らせるようになった。そんな娘さんは俺に好意を抱いている。こんな男に難儀なことだ。
「おはよう未来ちゃん。今日も元気だね」
「はい!今日も元気です!」
目の前までやってきた未来ちゃんに声をかけると満面の笑顔で答えた。
「火村さんは優子さんへの誕生日プレゼント決められたんですか?」
試験結果の報告後に聞いてみる。昔から火村さんは顔に出にくい。
「お前は悩んでるのか?」
「バレバレですか」
「顔に出やすいからな。難しく考える必要はない。優子は何でも喜ぶだろう」
「だから余計に悩むんですよー!」
両手を上げて叫んだ。
結局火村さんは優子さんへのプレゼントは用意していたのだろうか?
「そっか。火村忙しいのか」
「早く帰ってはくるみたいなんですが」
久しぶりに帰ってきた音羽の町を散策しながら雑談。意外と普通に話せている。前回会った際に好意を見抜かれ線引きをされた。子供に言い聞かせるように。実際に私は子供で久瀬さんは大人だ。でも女は度胸。優子さんもタックルかませと言っていた。いやかませとは言っていないけれど。
「そういえばそのまま音羽の高等部に進学するの?」
「へ?ああ!ですです。憧れの高等部の制服です!」
「早く高等部に行きたいって言ってたもんね」
「皆さんが通ってましたから!」
小さな私が大人だと思っていた年齢になろうとしている。優子さんが着ていた制服を着ようとしている。
「そのあとは決めてる?」
「建築関係に行こうと思ってるんです。火村さんの影響もあるんですけどこの音羽の町みたいに帰れる居場所を、みんなが笑顔になれる場所を作りたいなって」
何だか語るのが気恥ずかしくて正面を見つめる。でもすぐに返事がなくてちらりと横を見ると久瀬さんは驚いた顔をしていた。
「驚いてます?」
「……うん」
「学力的に大丈夫なのかー!?とかそういう驚きでしたらスパルタでしごかれてますので!」
成績は火村さんのスパルタ教育の賜物でそれなりにはいい。泣きそうになりながら詰め込み勉強した日々は確実に実になっている。
「間違いなく火村の子だ」
「そうですよ!お二人に育てていただいてすくすくです!」
久瀬さんが笑ってくれると嬉しくてテンションが上がってしまう。自分の好きなものを理解し世界を作り引き込む彼が好き。どんどん知りたくなる。
仕事が終わる頃には陽が傾きかけていた。帰路を急いでいると見慣れた姿を見かけた。
「あ、火村さん、火村さん!」
気づいた未来が大きく手を振る。
「火村久しぶり〜」
「あまり久しぶりな気がしないがな」
近づくと久瀬がいつものように軽く声をかけてくる。
「奥さんの誕生日に休みとってたのに呼び出されちゃうなんてやーねー」
「お前のそのノリは何なんだ。プロジェクトが大詰めなんだ仕方ないだろう」
「そして悲劇のヒロイン調にお出迎えする奥さんが目に浮かびますね……」
未来の言葉に今朝の出来事が過る。優子もわかってくれている。だが優子だ。冗談に本音を混ぜてる時もある。変なところで言い出せないところが昔からある奴だ。
「……そう言ってもな」
「普段やらなさそうなことやって喜んでもらえば?」
久瀬に言われて考えるのも癪だが思案すると花屋が目に止まった。
優子と再開して初めてのクリスマス。金銭的に余裕がなかったのを思い出す。
「すみません」
花屋の前に立ち声を掛けた。
「そろそろですかね。ね、聖」
「そろそろ〜」
夕食の仕度をしながら時計を確認する。娘の聖もたどたどしくも食器等を出すのを手伝ってくれる。
そうしていると扉が開く音がし未来のただいまの声が聞こえ玄関に向かった。
「おかえりな、さい」
いつものように出迎えると視界に映った赤い花束に戸惑う。
「ただいま、優子」
赤い花束を持った夕くんが歩み寄り私に差し出した。受け取らない私の手を取り花束を受け取らせた。
「楽しそうだね」
「そうですね」
夕食を済ませ教会へ向かう。前には聖を抱えた夕くんと未来が話している。私の隣にはヴァイオリンケースを持った久瀬さんがいた。
「洒落たプレゼントができなくてごめんね」
「いえいえ久瀬先輩の演奏好きですから」
「学生時代は苦手だったけど?」
「そう見えました?」
「そりゃあ演奏途中に泣かれて退出されたらね」
初めて久瀬先輩の演奏を聞いたのは久瀬先輩の旅立ちを祝うためのものだった。この世界にいる私は汚いなのだと諦念していた時にそれでも綺麗なものはあり世界に優しいものもあるのだと目を逸らしていたものが広がり涙した。私はそこには行けしないのに。
久瀬先輩はそれから私にコンサートに誘っていいものか迷ったらしい。それを聞いてどこか私に似たところがある人だなと思ったのを思い出す。
「好きだからこそ逃げたくなったんですよ」
「今は逃げたくならない?」
「はい」
正面を見ると未来が笑いながら夕くんの腕にしがみついた。優しい時間がここにはある。汚い私でも受け入れ共に笑ってくれる人がいる。
「久瀬先輩も未来から逃げないで下さいね。ちゃんと答えはあげてください」
どちらにしても答えを伝えてほしい。娘を心配する母心だ。久瀬先輩は笑うだけだった。
やがて教会に着き誰もいない屋内で久瀬先輩が演奏の用意をする。
「聖は私の膝の上ねー」
「うん!」
未来が聖の手を取り席につく。二人で座れと言うことだろう。
「今日は悪かったな」
「いいえ、夕くんのやりたいことはわかっていますし応援してますから」
悲しみに暮れても必ず終わりは訪れ優しい場所になる。音羽の町はまだ完全ではないけれど傷跡は少なくなった。上塗りをしたわけではない。無くなったわけでもない。立ち上がる糧となった。夕くんはそういった町を主に担当している。それは私が学生時代にこぼした言葉がきっかけだったといつか語った。
「花束には驚きました。嬉しかったです」
初めてのクリスマス。一輪の薔薇をプレゼントされたのを思い出す。
久瀬先輩の準備ができて数回の確認のあと演奏が始まった。
「え?」
その瞬間夕くんが呟くように言った。聞き返すと照れたように微かに笑みを浮かべる。
「私も愛しています」
今日は私の誕生日。
天使にさえ聞こえるよう演奏を聞きながら優しい時間に包まれた。
H27.10.26
天使にさえ聞こえるような
prevU
next