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「何をジッと見ているの」
「へ?」
ベルンの声に我に返った。
口をつけていながら中身を飲んでいなかったカップを受け皿に置く。
「前から気になってたんだよ」
と、言いながら座るベルンのお尻から伸びる尻尾を指さした。
指した方向をちらりと見るがさして興味がなさそうにそうと答えた。
「なんだよ!振ったなら乗ってきてくれよ!でないとジロジロと尻尾を見続けてた只の変態になっちまうじゃねぇか」
「実際そうじゃない」
変態ではない。だがそう反論したところで先程のように興味がなさそうにそうと返されるだけ。
「揺れてたんだよ」
「私の一部なんだから当たり前でしょ」
涼しげに答えるベルンに俺はニヤリと笑って、もう一度尻尾を指さした。
今度はさもそれが犯人かのようにだ。
「嬉しいからそんなに小刻みに揺らしてたんだ!」
カップを持とうとしていた指がぴくりと動いた。
ずっとカップやら菓子やらに向けられていた視線がようやくこちらに向けられる。
興味を示した証拠だ。
「退屈だから尻尾を動かしてたのかもしれない」
「いいや、あんたはさっき自分の一部だから当たり前だと言った。それは自然に動かしてたって事だろ?」
「だったら何だと言うの」
「いや、それはまあ……」
ここまで言っておいてこの先が言えないとは情けない。
言ったら言ったで自惚れと言われるのが目に見えている。
「貴方には犬耳が似合いそうね」
「は?わっ!?」
カップから指を離し、こちらに翳すのが見えると目の前は煙に覆われた。
咳込みながら煙を払う。
「げほっ……ったく、何なんだよ。あれ?」
煙が大方晴れると首に違和感を感じた。
「お似合いね」
「首輪!?」
手で首に巻かれているものを確かめるとベルト状の首輪だった。はずそうにも固くてはずす事ができない。
「頭の上と腰の後ろあたりも確認してみたほうがいいわ」
「頭?わっ、何だこれ」
ふさふさとしたものが頭にある。尻に違和感を感じて後ろ手で腰あたりの空を掴んだつもりが、ふさふさとしたものを掴んでしまった。
尻にあるもののふさふさ具合からベルンのものとは違うであろう尻尾があるのがわかる。
頭にもふさふさの大きめの耳があった。
「やっぱり体格も大きいし犬にして正解だったわ」
ベルンはくすくすと薄く笑う。
笑ってるのに表情にはほとんど現れず明らかに馬鹿にされているのがわかり、少し腹が立つ。
「わざわざ煙出してまでやることじゃないだろ!」
「魔法っぽいでしょ」
変なところで凝りやがって。
耳も尻尾も引っ張ると痛みを感じて首輪同様取れそうもない。
「これで貴方もわかるわね」
「何がだよ」
「私といる時は尻尾を振るといい。それを見て私も楽しむから」
「なっ……」
やり返されたような感じがしたがベルンもやり返したかのように満足そうだ。
つまり俺に尻尾の動きで見破られたのが悔しかったというか。
相変わらずわかりにくい魔女め。
「で、いつ戻してくれるんだ」
「さあ?」
当分はこのままな気がする。こんなにも楽しそうなのだから。
「じゃあ犬らしく戯れるか」
「なに?」
立ち上がりじりじりと詰め寄る俺を見上げるベルン。
「っ!ちょっ、と」
そしてがばっとベルンに抱き着いた。
やめなさいと言わんばかりに身体を押し返そうとしてくるが腕力は少女のものでできはしなかった。
「大型犬が飛び付くのは王道だろ?」
「貴方のは下心があるように見えるわ」
半ば諦めてされるがままのベルン。
俺はニヤリと笑ってベルンの尻尾を軽く掴んだ。
「っ!?」
びくっと身体がびくつく。一部と言うだけあって敏感なようだ。
「小猫を愛でるのも王道だろ?」
「何がっ、王道よ」
軽く撫であげパッと手と身体を離した。
ベルンは相変わらず無機質な瞳で俺を見る。
「知らないわ、そんなの」
それでも僅かな気持ちの動きがわかるようになったと思うのは自惚れだろうか?
「じゃあ、教えてやるよ」
服の裾を掴む手が自惚れではないと教えてくれているようで嬉しかった。
H21.8.27
服の裾を掴む手が自惚れではないと
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